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 私、碧崎葵衣《あおさき あおい》が通う厳格学院は、独特の制度でもって体育会系の部活に力を入れる女子校である。  そのほかに類を見ない制度が、特別強化競技部制。  特別強化競技に指定された部には、より多くの予算が配分されるうえ、学院生活においてもさまざまな局面で便宜が図られる。強化するに足ると認められ、指定されれば、よりいっそう強くなれる制度だ。  だがそれゆえ、厳しさも求められる。指定された部が予選で敗退し全国大会出場を逃せば、責任を取る形で部員のひとりが恥辱罰を受けなくてはならない。  その罰を受ける役目を担うのは、たいてい予選敗退後引退する最上級生の主将。  主将が罰を受けると、規則で定められているわけではない。恥辱にまみれても来季の活動には影響しないうえ、自分たちを率いてきた主将が罰を受ける痴態を目のあたりにすることで、選手たちに奮起を促すための伝統だ。  だが今年、予選で敗退し全国への切符を手にすることができなかった水球部で、恥辱罰を受ける役目に指名されたのは――。 「恥辱罰を受けるのは、碧崎葵衣さんです」  罰を受ける者を決めるためのミーティングで、主将が私を指名した。 「えっ……?」  そのとき、驚きの声をあげたのは私だけ。 「ど、どうして、私が?」  人選に疑問を呈したのも私のみ。 「どうして、ですって? 予選敗退の責任が自分にあると、自覚していないの?」  いや、違う。 「あなたがもう少し頑張っていれば、私たちが決勝戦で負けることはなかったわ」  それも間違い。  むしろ決勝まで行けたのは、私の活躍があったればこそだ。努力が足りなかったのは、主将をはじめほかの部員のほうだ。  しかしこのたびも、異議を唱える者はいなかった。  それは、主将が学院内で絶大な権力を誇っているから。  父は政界にも大きな影響を持つ、地域経済を牛耳る企業の経営者。母は著名な教育評論家にして、学院の理事長。  指定の基準を満たしていない水球部が特別強化競技部になれたのも、彼女が学院長に働きかけたからと私は想像している。  学院長すら言いなりにさせる権力者に、逆らえる者がいるわけがない。  とはいえ、突然指名された私としては、とうてい納得できない。  そもそも、自身が主将を務める水球部に多額の予算を配分させるため、強化指定をごり押ししたのは主将なのだ。  そんな暴挙がなければ、恥辱罰を受ける者を出すこともなかった。  とはいえ、私の抗議の声に、同調する部員はいなかった。  それどころか――。 「問答無用、取り押さえなさい!」  主将に命じられた取り巻き連中が私の腕をねじり上げ。 「うッ……!?」  私が苦悶の声をあげても、誰も助けてくれなかった。  背中にねじり上げられた腕に、縄がかけられる。 「や、やめ……あがッ!?」  抗議しかけた口に、誰かが外した制服のスカーフが噛まされる。  そうして後手に縛られ、猿ぐつわを嵌められ、跪かされた私の前に立ち、主将が宣告した。 「用意された磔台に、予選敗退の責任者、碧崎葵衣を縛りつけなさい」  部室棟の裏手、学院の敷地を囲う塀の前に、十字の磔台が設えられていた。  その全高は4メートルほど。腕を開いて縛りつけるための横棒が、塀の高さをわずかに超えている。  その磔の前に、足元に移動用の車輪が設えられた、高さ2メートル弱の階段つき仮設足場が設えられていた。  後手縛りの縄尻を取られ、背中をこづかれながら、足場の階段を上がらされる。  いったん縄を解かれると同時に、片腕を2人ずつ、合計4人で磔台の横桟に腕を押しつけられた。  多勢に無勢で、抵抗は不可能。スカーフの猿ぐつわは外されていないから、抗議もできない。  そんな私の手首を、主将の腰巾着たる副主将が磔台の横桟に縛りつける。  右、左、そして肘のあたり。  私を押さえつける必要がなくなった取り巻きも縄を取り、反対側の肘、肩に近い二の腕。  別の者が胸、お腹。それから、足首、すね。  そこで腕の拘束を終えた副主将が、制服のポケットからピンク色の物体を取り出した。 「ぉ、おぇあ(それは)……」  猿ぐつわごしでも名称を口にすることは憚《はばか》られたが、私はそれを知っていた。 「恥辱罰の苦痛が少しでも和らぐよう、主将が用意してくださった特別製のローターだ。振動用モーターも通常より強力だし、長時間動き続けるよう、バッテリーも強化されている」  酷薄そうに嗤った副主将が目配せすると、別の者が私のスカートをめくりあげた。 「ひは(いや)ッ!?」  狼藉に悲鳴をあげるが、副主将は気に留めない。 「あぇあぁい(やめなさい)……あぇえ(やめて)ッ!」  言葉にならない抗議が受け入れられるはずもなく、制服の下に着込んでいた水着のクロッチ部分をずらされる。  女の子の場所にローターを押しつけられ、水着を戻される。  それでピンク色の淫具が固定されたところで、スカートも直されて太ももを2箇所縛られた。  その縄にローターのバッテリー内蔵コントローラーを挟まれ、絞まる寸前のきつさで首も磔台に縛られた。  もう、動けない。  自力ではローターを外せないし、十字磔からは逃れられない。 「くくく……」  意地悪く嗤い、副主将がローターのスイッチを入れる。 「恥辱罰は午前中のみで期間は3日。明日はスカートを剥ぎ取り、明後日は上衣も脱がせて晒してやろう」  冷たく私に言い渡し、副主将が最後に階段を下りる。  誰もいなくなった仮設足場が、私の足元を離れる。  そうして磔の恥辱罰に処され、ひとり取り残された私が視線を感じて顔を上向けると――。  部室棟2階の窓から、主将が私を見ていた。  その冷淡な目つきで、思い出す。  彼女が水球部を指定強化競技部にしようとしたとき、私は反対した。私以外の部員に、そこまでの実力がないと判断したからだ。  だが、私に同調する者はいなかった。皆同じことを思っていたはずなのに、主将の権力を恐れたのか、誰ひとり私に賛同しなかった。  結果としては、取るに足らない些細なできごと。  だがその叛乱未満の小さな反抗を、主将は忘れていなかった。  忘れていないだけでなく、許していなかった。  だから私は、予選敗退の責任を押しつけられた。  そうと確信しながら、私は磔の身を晒される。  私を恥辱罰に処した主将は、空調が聞いた部室で、晒された私を眺める。  そうなるよう計算して、磔台の高さを決めたのだろう。磔恥辱罰姿を見下ろされる形になるのが屈辱的だ。  だがそれゆえ、かえって反発心が湧き上がる。  屈してなるものかと、強い意志を込めて主将を見上げる。  ピチピチの水球水着の丈夫な生地に押しつけられ、けっして女の子の場所から離れることのないローターの振動に悩まされながら。  恥辱罰に処されながらも、気丈に睨みつけてくる碧崎葵衣を眺めながら、厳格学院水球部主将たるわたくしはつぶやいた。 「碧崎さんは、もっといい選手になる。わが水球部は、ずっと強くなる……」  碧崎葵衣は、もともと優れた選手だった。  だが、自己中心的で自信過剰な性格に難があった。そのせいでチームの中で浮き、彼女自身も伸び悩んでいた。  水球部を指定強化競技部にすることに反対した彼女に同調する部員がいなかったのも、そのためだ。  彼女を恥辱罰の対象に指名したとき、誰も疑問の声をあげなかったのも、同じ理由。  予選敗退の責任が碧崎葵衣にあるとの指摘に異議を唱える者がいなかったのは、皆そう思っていたから。  そして、実際に恥辱罰に処される彼女を助けようとする部員がいなかったのも、そのせいである。  そもそも、特別強化競技部制の指定には、明文化された基準はない。部員の総意として資格があると判断すれば、代表して主将が申請していい。ただ、これまでほかの部の判断が総じて慎重だっただけだ。  にもかかわらず、自分を過大評価し、自分以外を過小評価する碧崎葵衣は、自分以外の水球部員には資格がないと断じていた。  それがまた、彼女の孤立を深めていた。 「でも、これで……」  碧崎葵衣は、皆の同情を集める。  本来なら主将が務めるべき恥辱罰の役目を負わされた子として、彼女への悪感情はリセットされる。  恥辱罰を受けるなかで碧崎葵衣自身が変わってくれれば、全国大会の夢も叶うだろう。  そう確信し、わたくしが目を細めたところで、副主将が部室に戻ってきた。 「お疲れさま、つらい役目をさせてしまったわね」 「いえ、私のことはかまいません。ですが主将、これでは……」  副主将の言わんとすることはわかる。  今回の措置で水球部は強くなるだろうが、わたくしの名は恥辱罰を後輩に押しつけた悪者として記憶される。  だが、それでいい。  それで水球部が強くなれるなら、わたくしはいくらでも悪役になる。  そう告げると副主将――幼なじみで親友でもある――が、そっとわたくしを抱きしめてくれた。

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