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「ねぇセンセ、あたしにこんなことされて、どんな気持ち?」  私、紀田美佐紀《きだ みさき》の耳元で、鹿尾イリヤ《しかお いりや》が囁く。 「ん、ぁン……」  ゴムの膜ごしに舌を弄られる私は、彼女の問いかけに答えることはできない。いやらしい手つきの指から、逃れることもできない。  ただ、なすがままでいるしかない。  どうして、こんなことになってしまったのだろう。  身体を締めつけるゴム製拘束ボディバッグで自由を完全に奪われて、同じゴムの全頭マスクで視覚を剥奪されて、なぜ私はイリアの玩弄を受けているのだろう。  いや、私が奪われているのは、身体の自由と視覚だけではない。  全身を覆うボディバッグのせいで、私はゴム以外のものに直接触れられない。鼻腔にマスクの一部たるゴムチューブが挿入されているせいで、ゴムの匂いしか嗅げない。マスクの口にあたる位置のゴムサックを口腔内に押し込まれ、舌で感じられるのはゴムの味のみ。耳に届くのは私を全身ゴムまみれに陥らせたイリヤの声と、くるおしく身をよじったときゴムが擦れて鳴く音のみ。  つまり私は、肉体と五感すべてをイリヤと彼女のゴム拘束具に支配されているのだ。  そして、地方の名門女子校・淫煌《いんこう》学院の教師たる私が、こんなみじめな状態に蔑められている理由も、ほんとうはわかっている。  私はもともと、人に言えない性指向を隠し持っていた。  女性同性愛者《レズビアン》、かつ被虐性癖者《マゾヒスト》。  近年の社会情勢からして、前者は公にしても問題ないのだろうが、後者はまだまだ広く認知されているわけではない。性指向のひとつとして認められていない以上、他人に知られれば変態扱いされる恐れもある。  特に、淫煌学院が存在するような地方都市では。  そこで私は、ときおり都会の女性向け風俗店のハードMコースを利用していた。  収入的にもスケジュール的にも頻繁にというわけにはいかないが、まとまった休みが取れるタイミングで上京、馴染みの嬢を予約・指名して秘密の行為に浸っていた。  だがある日、予約していたにもかかわらず、いつもの嬢が不在だった。  急な体調不良という理由では文句も言えず、プレイへの期待に胸躍らせていた私は、店長に勧められるまま新人の嬢を頼んだ。  それで現われたのが、イリヤだった。  もちろん、店では源氏名を使い、本名を名乗っていなかった。写真は見せてもらったが、私が知っているイリヤとは雰囲気が変わっていた。  だから、彼女だと思わず指名した。  私が新卒で淫煌学院に赴任した年、副担任をしていたクラスにいた鹿尾イリヤとは。 「久しぶり、センセ?」  だが、目の前に現われた彼女が唇の端を吊り上げて言ったとき、私は戦慄した。 「まさか、センセにこんな趣味があったなんて」  妖しく輝く瞳で見すえられられ、身体から力が抜けた。 「お、お願い……」 「わかってるよ、誰にも言わないから安心して。このことは、あたしとセンセだけの秘密……」  そう言いながら、イリヤは私の両手を背中に回させた。背中で重ねた手首に、手枷を嵌めた。  そして、私を責め抜いた。  いつもの嬢より厳しく、激しく、徹底的に――。 「ねぇ、センセ……」  完全拘束の身を弄られながら、そのときのことを思い出していると、耳元でイリヤの声が聞こえた。 「ねぇセンセ、今、動画撮ってるって知ってる?」  知っている。イリヤはいつもプレイの一部始終を撮影し、その動画をコピーして私に持ち帰らせる。  学院時代の制服を着た彼女にいやらしく淫らに責められる自分の姿を、毎夜見るよう求められる。 「あたしね、左手でセンセの身分証を持ってるの。センセのすました顔写真も、名前も、住所も、勤務先も、全部動画に映ってるんだよ」 「ぁ、ぃ、いぁ(いや)ぁ……」 「うふふ……カメラにすべてを晒して、イキ狂いなさい」  直後、私の股間を猛烈な振動が襲った。  陰核、膣、肛門、イリヤの手で開発されつくしたオンナの性の急所を、無慈悲な淫具で責められる。  完全拘束下の玩弄で充分に昂ぶっていた肉体が、一気に押し上げられる。  ギチッ、ミチッ。  ゴムが擦れて鳴く音をたてながら。 「あぅ、あッ」  ゴムごしに指の玩弄を受ける口で、くるおしく喘ぎながら。  私は高められる。  気持ちいい。全身をきつく締めつける、ゴムの拘束具が気持ちいい。  気持ちいい。イリヤに自分のすべてを支配されることが気持ちいい。  そんな状態で淫具で責めたてられて、どうしようもなく気持ちいい。  教師としての――いや女性としての尊厳をすべて剥奪されたまま、私は大いなる快楽に襲われる。 「ねぇセンセ、この動画が流出しちゃったら、どうなるんだうね?」  そんなイリヤの言葉も、私の性感を冷ますことはない。 「厳重ゴム拘束に囚われ、学院の制服を着た元教え子に責められるのが好きな変態センセだって、みんなにバレちゃうんだよ?」  不埒にも、そうなっても構わないと思ってしまうほど、私は高められた。  いや、違う。  性的に高められたから、不埒な考えに囚われたわけではない。  どうしようもない変態女だとバレて、身の破滅を迎えたいという願望は、常に私の心のどこかにあった。  だが、その願望を満たすことはできない。  私の破滅マゾ願望に、イリヤを巻き込めない。  だって、鹿尾イリヤは、ほんとうは――。  そこで、来た。  女しかたどり着けない性の極地、大いなる悦びの世界、絶頂。  ゴムのボディバッグの中で、身体がこわばる。  みっちりと全身に張りつき締めつけるゴムに閉じ込められたまま、ビクンビクンと身体が跳ねる。  ミチッ、ギチッ。  身体が跳ねるたび、ゴムが擦れて鳴く。 「あう、あぁあッ!」  襲いくる大いなる快楽に、私が啼く。  イリヤの完全拘束具に囚われたまま、イリヤに抱きとめられたまま。 「ンぅ、アぅ(イク)ううッ!」  ゴムに覆われた口でくぐもって絶頂を宣言し、私は恍惚の世界に押し上げられた。  気持ちいい、気持ちいい。  絶頂の果ての恍惚は、たとえようもなく気持ちいい。  だが、悦びの世界で酔うことは許されなかった。 「これで、終わりじゃないよ」  イリヤの言葉のとおり、お股を苛める淫具は止まらない。 「センセがイキ狂うのが先か、淫具のバッテリーが切れるのが先か……」  そう言って、イリヤはゴムの膜ごしに、私の口を指で凌辱し続ける。 「ぁう、ぁうぅ……」  その行為にも煽られて、私は再び高められる。  たどり着いた恍惚の世界から、さらに一段高い悦びの世界へ。 「ア、ぁあッァあッ」  一度めのときより、ずっと大きい快感の奔流に飲み込まれ、押し流され。 「アひッ(イッ)グぅううッ!」  また、イッた。  でも、イリヤの責めは終わらない。お股の淫具は止めてくれないし、ゴムごしの口凌辱も続けられる。  恍惚の世界に漂うこともできないまま、さらに巨大な快楽が襲いくる。 「ぁア、あッアッ!」  気持ちいい。 「イ、アぁああッ!」  でも、気持ちよすぎてつらい。  快楽が大きすぎて、カラダとココロが壊れてしまいそうだ。  だが、イリヤは容赦なく私を責め続ける。 「あッ、ヒッうぅううッ!」  さらに、イカされた。 「ひッ、グぁううぅウッ!」  重ねてイカされた。  もう、蕩けきった頭では、なにもわからない。  ゴムが鳴く音も耳に入らない。くぐもった喘ぎ声も自分のものではないようだ。耳元でささやくイリヤの声ですら、よく聞き取れなくなってきた。  そんな状態に陥り、私は――。 「あッ、ヒッ、アぁアぁああッ!」  前後不覚に喘ぎ、ついに意識を手放した。 「センセ、ねぇセンセ……」  イリヤの声が聞こえる。 「センセ、大丈夫? ねぇセンセ」  声をかけながら、イリヤが私の身体を撫でさする。  いや、そうじゃない。  声の主は、ほんとうは鹿尾イリヤではない。脱力しきった私の身体をさすっているのは、かつての教え子ではない。  源氏名はアリア。彼女はイリヤを演じてくれていた、店の嬢だ。  はじめ、馴染みの嬢に代わって現われた彼女を見たとき、ほんとうにイリヤかと思った。  だが、予約時に指定したとおり、元教え子を演じる彼女の言葉を聞くうち、他人の空似と気づいた。 『久しぶり、センセ?』  彼女はそう言ったが、卒業生のひとりに呼ばれて出席した同窓会で、私は数日前にイリヤ本人に会っていた。  そのときの彼女は、髪色はアリアと同じくらいに明るくなっていたが、彼女のように複数のピアスを着けていなかった。  とはいえ、イリヤと瓜ふたつの容姿は、私をプレイにのめり込ませた。  大好きな教え子に調教されたいという歪んだ願望を、彼女は完璧に叶えてくれた。 「あぁ、よかった。なかなか目を覚さないから、ちょっと焦りましたよ」  ゆっくりと目を開けると、私は拘束から解放されていた。アリアはすでに、私服に着替えていた。 「これが撮影した動画のデータ。ここに置いときますね」  にっこり笑い、小さなカードをテーブルに置き、深々と頭を下げる。 「それでは、ありがとうございました。またのご利用をお待ちしています」  そして営業トークとともに去っていった。  満たされたつつも、わずかばかりの寂しさを私のココロに残しながら。 「ふぅ……」  小さくため息をつき、アリアこと鹿尾イリヤは今しがた出てきたドアを見た。 「センセ、ちょっと抜けてるんだよね……まぁそこが、かわいいんだけど」  そして、目を細めてひとり言ちた。 「久しぶりって言ったのは、渡された台本にそう書かれていたからだよ。それに地元に帰ったときには、バチバチのピアスは外すって。それよりなにより、どうして私が学院のリアル制服を持ってると思ってるの?」  小さな声でつぶやくと、イリヤはドアに背を向けて歩きだした。 (ま、いっか。センセを苛めるの楽しいし、しばらくは鹿尾イリヤ似のアリアでい続けてあげる。ネタばらしするのは、センセがあたしの責めの虜になり、あたしなしには生きられなくなってからね)  そう考え、唇の端を吊り上げながら。 (了)

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