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 後ろ手錠で拘束されたうえ、前後を4人の武装看守に固められ、私は長い廊下を連行されていく。  私の名前は――いや、やめておこう。この民営特殊拘束収容所にいるかぎり、私が本名で呼ばれることはない。収容者A303、それが、ここでの私の名前だ。  民営特殊拘束収容所とは昨年度、20XX年から導入された、次世代刑務所の社会実験的施設である。  私がこの施設への収容を持ちかけられたのは、無実の罪で逮捕され、勾留されているときだった。  曰く、特殊拘束収容所への6カ月間の収容を受け入れれば、罪は不問とする。公式には前科の記録は残らないし、収容期間の満了後は、社会復帰の支援も受けられる。 「私個人は貴女の無罪を信じていますし、裁判になってもその主張はします。ですが、これだけ状況証拠が揃っていると、有罪判決は免れないでしょう。その際の刑期はおそらく7~8年。ここは提案を受け入れ、収容を受け入れるのが得策かと」  捜査機関からの提案を担当弁護士さんに相談したところそう言われ、私は収容契約書にサインした。  その直後、施設側に身柄を引きわたされた私は、2週間をかけて健康診断と適性検査を受け、特殊拘束の予備的措置を施された。  そして、現在である。  手錠以外で私が身につけているのは、ハイレグ水着にも似た形と素材の特殊囚衣。  ただし水着と違うのは、お腹の部分に私の収容者番号がプリントされ、股間部分が特殊拘束用の装置になっていること。  その装置は、外見上は小さなディスプレイウィンドウが設えられた金属板にしか見えない。  ただし内側では、私のお股の3穴――ありていに言えば、尿道と膣と肛門――に、異物が挿入され、そこから分泌される液体が漏れないよう密封固定されている。  それら異物のうち、尿道と肛門のものは排泄管理器具、膣のものは性感管理ディルドと説明を受けた。  要するに、特殊拘束を施されて収容される私の、生命維持に必要な排泄を管理するための装置なのだ。性感管理というのがなんなのかは、いまだよくわかっていないが。  ともあれ、3穴の異物には、まだ慣れない。  いや、ふつうの女の子なら、一生慣れることはないだろう。  私専用に誂えられているうえ、時間をかけて馴致されたせいで、痛かったり苦しかったりすることはないものの、3つの穴を押し開いて密封固定される圧迫感は相当なもの。  加えて1歩足を運ぶたび、そこの筋肉が連動して動き、敏感な粘膜が緩く刺激される。  廊下を連行されているだけで、性感を煽られる。  とはいえ、性的に昂ぶっていることを、気取られるわけにはいかない。  人前で、しかもみじめに連行されながら快感を得ているなんて、ひとりの女の子として恥ずかしすぎる。  そう考え、努めて平静を装ってたどり着いた突き当たりの部屋。  そこで、特殊拘束の装置が、私を待っていた。  高さは2メートルを少し超える程度、幅は1メートルほど、厚みは20センチくらいの装置の扉――厚さ5センチ程度の枠に、黒い膜が取りつけられたそれを、扉と呼んでいいのかは別として――を、拘束担当看守が開ける。 「ここに立ち、規定のポーズを取りなさい」  看守に命じられ、装置本体側の膜に背中をくっつけ、あらかじめ教えられていたポーズを取る。  すると担当看守が、拘束装置の下部につながるホース類を、股間の装置につながれた。  太いホースを肛門の排泄管理器具に、チューブを尿道のものに、電源コードを膣の性感管理ディルドに。接続金具が確実に噛み合ったことを確認。 「口を『あ』の形に開けるように」  さらに命じられて従うと、耳孔にノイズカット機能つきのイヤホンを挿入された。 「聞こえるか?」  看守の声がイヤホンを通じ、耳に直接届けられる  その声に小さくうなずくと、担当看守があらためて宣告した。 「では、収容者A303を、特殊硬化樹脂固め封印刑に処す」  同時に、黒い膜つきの扉が閉じられていく。背中側と同じように、身体の前側にも黒い膜が触れる。  そう、特殊硬化樹脂。  私の身体を前後から挟む黒い膜は、一定の電圧を加えることで収縮硬化。炭素繊維並みの硬度と強度を持つようになる、特殊な樹脂なのだ。  今はまだゴムのような質感の膜が、顔に触れる。  真っ黒の不透明と思われた硬化前の特殊樹脂の膜は、眼前に迫ると、わずかに透けていた。  濃いめのサングラスをかけた程度には、外の景色を見ることができた。 「1分間、呼吸を止めるように」  カチリ、と膜つきの扉がロックされたところで、担当看守が命じた。  直後、黒い膜が、身体に密着し始める。  膜全体に一定の電圧が加えられ、収縮が始まったのだ。 「絶対に身体を動かすな。動かすと定期メンテナンスまでの1週間、変な形で固定されてしまうぞ」  私の収容期間は6カ月。そのあいだ、ずっと特殊硬化樹脂に閉じ込められるわけではない。  1週間に1度、拘束を解かれて身体の清掃と健康診断が行なわれる。それ以外にも、常に健康状態はモニターされていて、少しでも異常が検知されれば、すぐ解放されて治療が施される。  特殊硬化樹脂固め封印刑は、あくまで次世代刑務所の社会実験。収容者の身体と精神には、最低限の配慮がなされているのだ。  1分間の呼吸停止も、あらかじめ私がその時間息を止めていられるかを確認されていた。  そのことをあらためて思い出しているあいだにも、樹脂の収縮は続く。  顔、肩、胸、腕、お腹、脚。私の身体のなかで、特殊樹脂が密着していない場所はない、  鼻、口。塞がれていない穴にも、樹脂の膜が侵入してくる。  鼻孔に侵入してきた特殊樹脂が、鼻腔の粘膜に張りつく。口中に入り込む膜が、歯をかっちり捕らえつつ、舌を下顎側に押しつける。  そこで、収縮は終了して硬化が始まった。  もう、動けない。喋れないし、息もできない。  そこで、担当看守が金属製の装具をふたつ手にした。  そのうちの細いニードルが、右の鼻孔に挿入される。  詳しい説明は受けていないが、拘束を解除するときと同じ電圧が、局所的に加えられる仕組みなのだろう。  直後、鼻に侵入して粘膜に密着硬化していた特殊樹脂の先端に、ニードルの太さ――直径にして3ミリ程度か――の穴が作られた。  続いて、左の鼻孔にも。  これで呼吸孔が確保されたところで、口に筒状の装具が挿入された。  その筒の先端にも、開口部が作られる。  鼻のニードルと違い、筒状の装具はそのまま樹脂に接着され、私の口に固定された。  呼吸孔に続き、流動食を流し込み食餌管理をするための装具装着も終わり、私は収容者イ303として特殊硬化樹脂固め封印刑に処された。    特殊硬化樹脂の拘束装置に囚われて、どれほどの時間が経過しただろう。  いったん拘束を解かれてのメンテナンスがまだ行なわれていないということは、1週間も経過していないのか。  1日じゅう照明が灯され、わずかに透過性のある特殊樹脂ごしに、かすかに光を感じ続ける収容暮らしでは、時間の経過がわからない。  はじめのうちは、口からの流動食の流し込みを1日3回、大きいほうの排泄管理を1回、さらに導眠ガスを吸わされての睡眠のサイクルで日にちを数えていた。 「完全に硬化した特殊樹脂のせいで、お腹が膨らむほど食餌を与えたら苦しくなるから、流動食は1日3回とは限らないわ」  担当看守に言われてから、食餌の回数を数えるのはやめた。  排泄と睡眠も24時間のサイクルに従っていない可能性に思い至り、それらのカウントもしなくなった。  特殊硬化樹脂に固められた身体は、頭のてっぺんからつま先まで、ピクリとも動かせない。  とはいえ、同じ姿勢を強制され続けることによる節々の痛みはない。  それは樹脂に全身を軽く均等に締めつけられ、密着し支えられているからか。それとも、流動食や水に、痛みを抑制する薬が混入されているのか。  ほんとうのところはわからないが、膣に挿入固定された性感管理ディルドも、苦痛を和らげることに一役を担っているのかもしれない。  それは、大きいほうの排泄管理とセットで、あたかも強制排泄による管理を受け入れたご褒美であるかのように起動される。  まずは、浣腸液500ccの注入から始まる。  最初、それほど大量の浣腸は、とてつもない残酷行為だと思った。しかし、担当看守によると、硬化した樹脂のせいでお腹を膨らませられないことに配慮された量らしい。 「浣腸マニアの女性は、2リットル以上の浣腸液を難なく受け入れるわ」  その言葉は、いまだに信用できないが。  ともあれ、体温と同程度に温度調整された浣腸液の注入は、ゆっくり時間をかけて行なわれる。  肛門をこじ開け密封固定する器具のせいで、液体が逆に通過する感覚がないまま、お腹が少しずつ浣腸液で満たされていく。  それに圧迫感を超えて苦痛を感じ始める頃には、浣腸液の成分が効果を発揮し、腸が内容物を押し出そうと動きだす。  奥からは押し出され、入り口――本来は出口なのだが――からは押し込まれる。  それで苦痛がさらに増したところで、注入は止まる。  だが、それで楽になれるわけではない。  苦痛の増大が止まるだけで、今感じている苦しさは続く。 (苦しい、苦しい、苦しすぎる!)  もう耐えられないというところからさらに放置され、本来は恥ずかしいはずの排泄を早くさせてと思い始めたところで、ようやく苦痛からの解放。  注入時と同じく、肛門を排泄物が通過する感覚がないまま、お腹が楽になっていく。  そこで、膣の性感管理ディルドが起動される。  はじめはゆっくり弱く、次第に強く激しく振動し、私の膣を刺激する。  そして振動が最大になると、それはディルドを固定する金属板にも伝わる。金属板を介して、尿道と肛門の排泄管理器具をも震わせる。  膣のみならず、陰核や肛門、尿道の性感をも高める。 「オンナはね、どこの穴でも高まれるの。特に貴女のような、淫らな変態女はね」  その担当看守の言葉も信用できなかったが、実際に毎日感じさせられていては、信じざるをえなってきた。  オンナはどの穴でも。私のような淫らな変態女は、膣のみならず尿道や肛門でも、快感を得られるのだと思い知らされながら、肉を高められる。  そう思い込まされながら、肉体を昂ぶらされ、精神を蕩けさせられる。  そして、絶頂。  とはいえ、それで性感管理ディルドは止まらない。  それまでより弱まるものの、性感を冷めさせない程度の強さで、導眠ガスによる強制睡眠を取らされるまで振動は続く。  そのせいで、私は1日の大半を淫らに蕩け、惚けた状態で過ごすことを強いられた。  ものごとを深く考えられず、日にちの経過も気に留められず、苦痛すらも忘れてしまう状態で、今日もまた――。  かすかにくぐもったうめき声をたてながら、A303がイクさまを眺めながら、特殊拘束収容所の拘束担当看守たる私は唇の端を吊り上げた。  実のところ、私は正式の看守ではない。  次世代刑務所の社会実験として試験的に導入された民営特殊拘束収容所に高額出資した者の特権で、気に入った収容者の担当看守の役割を担っているのだ。  いや、ほんとうは、A303は『気に入った収容者』などではなかった。  実際は『気に入った娘を収容者に仕立てあげた』が正確だ。  それを可能にするため、私は多大な資金を投じた。  はっきりいって、その手法は違法である。  だが権力の腐敗が進んだこの国――いや世界において、金の力を持つ者が罪に問われることはない。正義という名の存在は、何十年も前に金で買われたのだ。  科学技術の発展も数十年にわたって停滞し、一定の電圧を加えると収縮硬化する樹脂は、久方ぶりに開発された新素材。それとて、人を閉じ込める用途でしか活用されない。  だが、それでいい。  私のような特権階級にある者にとっては、そのほうが好都合だ。  こうして、気に入った娘を思うさまに調教できるのだから。 「そういえば……」  今日は、彼女を閉じ込めてちょうど1週間。いったん拘束を解いて、身体のチェックとメンテナンスを行なうと約束した日だ。  その約束を、違えるつもりはない。  ただしそれは、彼女を導眠ガスで眠らせたうえで行なわれる。  そしてあらためて特殊硬化樹脂で固めて直してから目覚めさせる。  つまり、A303が解放されるのは、意識がない状態。再び覚醒したときには、眠らされる前のまま。  その事実を知ったとき、彼女は絶望するだろうか。絶望して諦め、完全に屈服し、これを繰り返すことで、いっそう従順になるだろうか。  6カ月後に出所したとき、私の奴隷に堕ちるほどに。 「うふふ……」  そのときのことを想像し、ほくそ笑む私は知らなかった。  数十年ぶりに復活した正義が、私に及ぶわけがないと信じていたその裁きの刻が、間近に迫っていることを。  それからひと月ほどが過ぎたとき、私は解放され、収容者A303としての暮らしは終わりを告げた。  特殊拘束収容所と、そこに私が収容された経緯に関わる不正が発覚したのだ。  だが、それで平穏に暮らせたのはわずかのあいだ。  特殊硬化樹脂固めと、完全封印されたうえでの性感管理に馴らされた私には、ふつうの暮らしは物足りなかった。  ふつうの暮らしどころか、どんな特殊なプレイでも満足できない肉体になってしまった。  そして今、私はとあるタワーマンションのエントランスにいる。  私を特殊硬化樹脂固め封印刑に処した拘束担当看守――実のところは私を罠に嵌め、収容所送りにした資産家の女――が、断罪されたあと隠居生活している場所だ。  苦労の末突き止めたその部屋の番号を、インターホンに入力する。 「はい」  と名乗らずインターホンに出た女に、あの頃の私の名を告げる。 「A303です」  すると、しばしの沈黙のあと、エントランスの自動ドアが静かに開いた。 (了)

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