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4.罰  あたしが恐る恐るサークル室を訪れると、昨日とは打って変わった穏やかな表情のクミさんがいた。 「よくきてくれたわね」  あまつさえ、そう言って抱きしめてくれた。  それだけで、私の心も穏やかになった。  昨日、宣告を受けてから、ずっと私を苛み続けていた、クミさんに嫌われたのではないかという不安。それが、霧消していくような気がした。  とはいえ、罰が免除されるわけではない。 「これが今日、サキが着ける装具……ジベットクリノリンよ」  そう言って見せられた物体は、もはや衣類の範疇とは思えないものだった。 「クリノリンの説明はしたわね?」 「は、はい」 「ジベットというのは、中世の拷問、あるいは晒しの刑具。大まかに人の形を象った、極小の檻の名称。そのジベットとクリノリンを合体させたオリジナルの拘束具が、ジベットクリノリン」 「こ、拘束具……ですか?」 「ええ、拘束具よ。ただし、複数のパーツから構成されていて、クリノリン単体としても使うこともできるわ。はじめはサキの希望を聞きながら、どこまで着けるかを決めようと思っていたのだけれど……」  あたしが不服従と不貞の罪を犯してしまったせいで、すべてのパーツを取りつけ、完全態の拘束具として使用されることになった。 (いえ……)  ほんとうは違う。  ここにきて、私は気づいた。 (サキさんは……)  はじめから、ジベットクリノリンを完全態で使おうとしていた。  もちろん、あたしが望まなければ、すべてのパーツを使うつもりはなかったのだろう。  だが、あたしが受け入れるなら、クミさんは完全なるジベットクリノリンを使用したいと考えていた。 (もしかしたら……)  ことここに至る経緯は、すべてクミさんの罠だったのかもしれない。  あたしは罠に嵌められて、不服従と不貞の罪を着せられたのだろう。 (でも……)  それでいいと思った。 (だって……)  そこまでして、クミさんがあたしを手に入れようとしているということなのだから。  クミさんが望むなら、甘んじて罪を背負い、罰を受ける。  そう決めたあたしは、促されて服を脱ぎ、下着と貞操帯の姿になった。 「ジベットクリノリンと周辺の拘束具は、炭素繊維でできているの。その特徴は、軽くて強いこと。被装着者への負担を軽減しつつ、絶対に破壊不可能な強度が確保されているわ」  そう言いながら、クミさんがジベットクリノリンの両手部分に取り付けられていた、ふたつの球体を外した。 「着けた状態で手っぽく見えるよう肌色に塗装されているけれど、この拘束ミトンも、同じ材質」  肌色の球体に取りつけられたダークグレーの筒部分、おそらく手首が嵌まる箇所の断面部に長さ5センチ太さ3ミリ程度のピンを指すと、拘束ミトンがふたつに割れた。 「手をグーに」  言われて従うと、あたしの手にミトンの下半分があてがわれた。  そして、上半分が被される。  カチリ、と聞こえたのは、ミトンがロックされた音だろう。  それであたしの手の自由を剥奪したところで、クミさんがジベットクリノリン本体をいったん解体し始めた。  各パーツの接合部にピンを差し込んで、ひとつひとつ分解し、床に整然と並べていく。  そのさまを眺めながら、拘束ミトンを嵌められたときのことを思い出す。  2分割したときには、ジベットクリノリン本体と同じようにピンを使った。だが嵌めるときは、カチリとなにかが噛み合う音がしただけだった。  つまり、外すときには専用のピンが必要だが、着けるときには必要ないのだ。カチリと嵌め込まれるだけで、あたしは拘束具に囚われるのだ。  そうと思い知ったところで、解体作業が終わった。 「それでは、ジベットクリノリン本体の装着を開始します」  宣言とともに、ウエストのパーツを取りつけられた。  カチリ、と背中側で接合されると、コルセットで締め込まれたウエストにかけられた貞操帯の横帯が、そのパーツで隠された。  これまではコルセットを脱ぐには貞操帯を外さなければならなかったが、これでジベットクリノリンのウエストパーツを取り除かなければ、貞操帯を外せなくなった。  そして、ジベットクリノリンから逃れることは、これからますます困難になっていくだろう。  カチリ。  ウエストのパーツに、弧を描く棒状の部品が取りつけられる。  カチリ、カチリ、カチリ。  正面、真横、真後ろ、合計4本。  それから、4本の下に向かって弧を描く棒に、厚みは薄いが幅の広い輪が取りつけられていく。  いちばん大きい輪が、足首あたりの高さの棒の下端。それから少しずつ小さくなる輪を合計6箇所。カチリカチリと取りつけて、クミさんがいったん手を止めた。 「これで、クリノリンとしては機能するようになったわ。でも、罰としての装具は、まだまだこれからよ」  そう言って、上半身のパーツを取りつけていく。  まずは、ウエストのパーツをさらに小径にしたような首輪。  首を回しにくくなるほどきつく背の高いそれを嵌められてから、上半身にも棒状のパーツが組み合わされていく。  三次元にカーブを描く、胸の棒を2本。それよりはシンプルな形状の背中の棒。  肩から腕の外側を通り、拘束ミトンの手首に達する棒。すでに取りつけられた肩の棒から、腋の横と腕の内側を通って手首に達する棒。  そこに、薄い輪のパーツが組み合わされる。  そうして組みつけがひととおり終わると、あたしの上半身は固められたように動かせなくなっていた。  だがあとひとつ、棒が残っている。 「これは、足を拘束するパーツよ」  その最後のパーツを下半身の横の棒に、下から2段目の輪の位置で取りつけられる。  そして、その棒の真ん中付近のふたつの輪に足が囚われると、あたしはその場から動けなくなった。 「うふふ……素敵よ」  完成したジベットクリノリンの身体部分に閉じ込められたあたしを数歩下がって見て、クミさんが感嘆の声をあげた。 「ねえサキ、動ける?」 「動けません……ジベットクリノリンが許してくれる範囲でなら動けますが、それ以上は絶対……」  あたしが素直に報告すると、クミさんは満足げにうなずいた。 「でも安心してね。もしバランスを崩して転倒しそうになっても、倒れる前にジベットクリノリンの下端が接地し、身体を支えてくれるわ」  軽量とそのための強度を両立するための、炭素繊維素材でもあるのだろう。人の身体を閉じ込めるためなら、軽金属素材でも充分なのだから。  ともあれ、用意された厳重拘束具が安全にも配慮されたものだと分かったところで、クミさんが妖しく嗤った。 「今のままで充分素敵だけど、もっとかわいくしてあげる」  そして手に取ったのが、鳥籠のような形状の頭部パーツ。  カチリ、カチリと鳥籠パーツを取りつけられると、閉じ込められた実感がいっそう強くなった。  可動範囲という点では不自由さが増したわけではないのに監禁感が強くなったのは、眼前に格子があるからだろう。  人がものごとを判断するとき、視覚情報をもっとも頼りにすると聞く。その視覚でもって、『閉じ込められた』と思い知らされているから、そう感じてしまうのだ。  そして、実際に不自由を強いる装具を、クミさんが手に取った。 「これは、ジベットクリノリンの口枷オプション……」  本体と同色に塗られた鍵穴つきの金属製の土台に、黒いシリコーンゴム製の棒が取りつけられた装具を、クミさんがあたしに見せつけた。 「あーんして」  口の位置の格子に設えられた円形の開口部に棒を挿入しながら、クミさんが命じた。  黒くて太いシリコーンゴムの棒を、あたしの口にねじ込もうとしているのはあきらか。それをくわえさせられたら、口の自由が奪われるのは明白。  だが、拒むという選択肢は、あたしにはなかった。  口以外の自由を奪われ、すでに抵抗できない状況に陥っていたから。  それ以上に、抵抗できないという事実に心を折られ、抗う気持ちを失なっていたから。 (いえ、それも違う……)  身体の自由を奪われていようがいまいが、また心を折られているか否かにかかわららず、あたしはクミさんに逆らうという選択肢を放棄していた。  不服従と不貞の罪に対する罰を受けるため、自らの意思でやってきた時点で。 (あたしは、クミさんに絶対服従を誓う)  そう心に決めて、口を大きく開く。 (クミさん以外に、自分自身にすら、あたしの身体を自由にさせない)  心のなかで、いわば絶対貞節を誓約しながら、クミさんが押し込む異物を口中に受け入れる。 「ぁ、ん、が……」  つらい、苦しい。  だが、拒まない。拒めないのはもちろんだが、それ以前に拒もうとも思わない。 「ぁ、ああ、ぁ……」  シリコーンゴム製の異物が喉を突く寸前、挿入が止まった。  同時に、カチリとロックされる音。  これでもう、自分自身はもちろん、クミさん以外の誰もあたしを助け出すことはできない。  これまでは首輪が許す範囲で頭を動かせていたが、口枷が固定されたせいで、それも不可能になった。  足の先から頭のてっぺんまで、ほとんど動かせない完全拘束状態。  あたしの身体は――いや、精神も――クミさんに支配しつくされた。  そうと実感させられ、ジベットクリノリンの閉じ込めが完成した。 「この服はね……」  ジベットクリノリンに閉じ込められたあたしの前に、クミさんが衣装を広げた。  白のブラウスとスカート、その上に着る、赤いジャンパースカート。 「貴族や都市部の資産家の娘が着るドレスではなく、郊外の裕福な農家の娘の外出着をイメージしたものなの」  クミさんがそういうテイストの衣装を選んだ理由は、ジベットクリノリンの上に着つけるからだ。  競ってスカートを膨らませていた当時の貴族の女性は、好んで巨大なクリノリンを使っていた。  だが、拘束性を重視したジベットクリノリンはタイトなデザイン。貴族テイストのドレスでは合わない。  その意図で仕立てられた衣装は、ジベットクリノリンに囚われた私にぴったりだった。  下半身のクリノリン部分はもちろん、上半身のジベット部分にも。  つまり、あたしに完全態のジベットクリノリンを嵌めることを前提に、仕立てられた衣装なのだ。  そのことで、なんとしてもあたしを閉じ込めるというクミさんの強い意思を感じられたようで、かえって嬉しくなる。  ことここに至り、あたしは理解していた。  クミさんは、あたしを支配したいのだ。それが、彼女の好みなのだ。  対してあたしは、クミさんに支配されたいのだ。愛しの女主人《ドミナ》に支配してもらうのが、あたしの性向なのだ。  そうとはっきり自覚したところで、頭の鳥籠の上から袋を被された。 「私がいいと言うまで、絶対に声をあげちゃダメ。いいわね」  そう命じられ。 「んぅ(はい)……」  鳥籠と袋の奥でうめき声で答え。 「ほら、声をあげるなと言ったばかりでしょう」  クミさんにたしなめられた直後、サークル室にメンバーがやってきた。 「今日、こちらの衣装を着る予定だった樹乃サキさんは、体調不良で欠席することになりました。そこで、急遽借りてきた特殊クリノリンに、衣装を着せて展示しています」  ジベットクリノリンに閉じ込められた身を、衣装と袋で隠された私の横で、クミさんが語り始めた。 「この特殊クリノリンは、服飾の歴史上きわめて希少、かつ貴重なものです。けっして手を触れないようお願いします。また開場前に周りにポールと飾りロープで接近禁止の措置を施しますが、万が一来場者が触ろうとしたら、注意してください」 「はーい、わかりましたー」 「了解でーす」  クミさんの指示への、同意の表明。 「んでもサキちゃん、どうしたんだろうね」 「そーいえば昨日、調子悪そうだったのよね」  さらに、あたしを気遣う声。  あたしはここにいるのに、みんなの優しさに、ほんの少し心が痛む。  そもそも、私が調子悪そうに見えたのは、ほんとうの体調不良ではない。  肉の火照りと疼きに耐えかね、焦燥感に苛まれていたうえに、睡眠不足になっていただけだ。  そして、その火照りと疼きは、今も続いている。  それどころか、ますます強くなっている。 (それは、きっと……)  動けないジベットクリノリンに閉じ込められ、見られてはいけない秘密の晒し刑に処されているからだ。  クミさんに望まれて、その境遇に陥っているからだ。  布1枚で隔てられただけのところに、大勢の人がいるのに。あたしははしたなくも昂ぶりを強くしてしまう。 「ふっ、ふっ、ふっ……」  袋の奥で、ゆっくり静かに息をする。 「ふっ、ふっ……んん!?」  シリコーンゴムの異物をくわえさせられた口の端から、口腔内に溜まっていた唾液が溢れた。  その涎が、顎を伝って垂れる。  ただそれは、衣装を濡らしてはいないようだ。  頭の鳥籠を伝って首元に垂れた涎は、首輪部分からジベットクリノリンの中に落ち、シュミーズを濡らしているだけ。  そのことを身体感覚で察知し、胸を撫でおろす。  とはいえ、状況が好転したわけではない。  肉の火照りと疼きはますます強くなり、熱が生む蜜の量も増えていた。  そのせいで、貞操帯の小水排泄孔から吐き出された蜜が、ドロワーズの内股を濡らし始めている。  涎が衣装を濡らすのが先か。蜜が床に水溜りを作るのが先か。いずれにせよ、あたしが中に閉じ込められているとバレる。  そしてそれは、最悪のバレかただ。  だがもう、あたしには心配する余裕すらなかった。  肉の昂ぶり、火照りと疼きに苛まれ、そのことしか考えられなくなっていた。  かろうじて、バランスをとって立っているだけの状態。 (これが終わったら……無事乗り切れたら……)  今度こそ、クミさんに正直に告白しよう。  告白して、大いなる快楽を素直におねだりしよう。  次第に思考力が衰えていく頭で、あたしはそう心に誓った。  女主人《ドミナ》が愛してくれるのが、彼女の部屋に引き上げてからか、それとも皆が去ったあとのこの場所で、ジベットクリノリンに閉じ込められたままでなのかはわからないが。 (了)

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