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3.罪 『耐えられなくなって貞操帯を外したら、外したことと外した理由を、お互い正直に告白し合いましょう。それでいい?』  その言葉に、私は罠をしかけていた。  いや、私がサキにしかけた罠は、言葉だけではない。  貞操帯を嵌めたこと、サキに鍵をわたしたこともまた、私の罠なのだ。  そして、サキはまだ罠に気づいていない。  とはいえ、罠に嵌められたと気づいても、サキは私を嫌ったりしないだろう。  今日より前、すでに私は、サキを罠に嵌めていた。  それは、貞操帯を着けること前提に用意していた、コルセットや股間開口式ドロワーズ。  サキは聡明な子だ。それら下着の罠に、すでに気づいているに違いない。  だが彼女は、罠に嵌められたと知りながら、貞操帯装着を受け入れた。 「だから、きっと……」  このたびも、罠に落ちたと知っても、サキは私の元から離れたりしない。 「いえ、むしろ……」  私の罠に落ちたことを、サキは悦ぶだろう。 「だって、あの子は……」  同性愛《レズビアン》のサディストたる私が、天賦の才でもって見出した、同性愛のマゾヒストなのだから。  そう考えながら、私はサキが出ていったドアを見つめ、唇の端を吊り上げた。 「ふぅ……」  小さく息を吐き、ベッドの端に腰を下ろす。  貞操帯の硬い金属板は、あたしの股間に密着している。横帯やU字形の縦帯の上部はドロワーズやコルセットの上にあるが、そこだけは直接触れているのだ。  そして、貞操帯の金属板は、その硬さゆえ動かない。  対してあたしの柔らかい肉は、貞操帯のなかで動く。  身体を動かすたび、密着した金属板に、あたしの肉が擦られる。  貞操帯内部はとても滑らかに仕上げられているから、それで大切なところが痛んだり、傷になったりすることはない。  とはいえ、刺激は確実にある。  内部での肉の動きはミリ単位とはいえ、痛みもなく、傷つく恐れもなく、女の子のいちばん感じやすいところが擦られる。  それが、性の刺激となる。  その刺激が、お風呂場でのクミさんとの睦み合いで生まれていた肉の火照りを冷めさせない。  冷めさせないどころか、刺激の受けかたによっては、いっそう強くなる。  初期の違和感にさえ慣れてしまえば、自分でも性器に触れられないこと以外、長く着け続けても大きな問題は起きない。  クミさんは、そう教えてくれた。  この媚肉への刺激は、消えない肉の火照りは、その『初期の違和感』に含まれるのだろうか。  慣れてしまえば、問題なく暮らせるようになるのだろうか。  わからない。  わからないが、そうならなくてはならない。  それが、クミさんの望みなのだから。 「ふぅ……」  決意のなかにいくばくかの不安を抱えながら、あたしはもう一度小さく息を吐いた。 「ん……」  低くうめいて、あたしは目覚めた。 「暑い……」  だが、気温が高いわけではない。  肉の奥の方に残る火照りが、そう感じさせるのだ。  もう何度、こうして目覚めただろう。2度か、3度か。  枕元の目覚まし時計を見ると、アラームが鳴る20分ほど前。中学時代から使っている目覚ましに叩き起こされず起きるなんて、いつ以来だろう。  頭がぼうっとするのは、火照りがもたらす身体の芯の熱のせいか。それとも、睡眠不足ゆえか。  わからない。寝起きの頭では、判断がつかない。  もう何日、こんな朝を迎えているだろう。それは、貞操帯を着けてもらった次の日からだ。  消えない肉の火照り。そのうえ、女の子の場所に、疼きを覚えるようになってきた。  それはきっと女の子の、いやオンナの本能が、そこへの刺激を求めているからだ。  性の経験はなくても、知識に乏しくても、それくらいのことはわかる。 「とはいえ……」  もう朝だ。起きなくてはならない。  そう考えて、気だるい身体を引きずり起こす。  思考力は充分でなくても、身体に染みついた朝のルーティン。顔を洗い、歯を磨き、髪をとかして朝食。  クミさんが用意してくれた服に着替えて、大学に向かう。 「そういえば……」  もう2週間くらい、自分の服を着ていない。  はじめはファションのテイストが変わったことを訊ねてきた同級生も、今はなにも言わなくなった。  同級生のみならずあたし自身も、クミさんの好みに合わせたフェミニンかつエレガント、少しクラシカルなテイストも加味された服のほうが、着ていて自然に思えるようになってきた。  そんなことを考えながら、大学にたどり着く。  同級生と会話し、午前の講義を受け、お昼のご飯。午後からも講義を受けたら、学園祭の準備を口実に同級生の誘いを断り、クミさんの部屋へ。  そして、ふたりで貞操帯と下着を脱いで、一緒にお風呂に入る。 「サキ……」  先に入ったクミさんが、あたしの名を呼んで振り返った。 「クミ、さん……」  クミさんが首に手をかけてきたので、彼女の腰に手を回す。それから、至近距離で見つめ合う。 (キス、しようとしている……)  何度かの睦み合いを経て、あたしにはわかるようになってきた。  その予想どおり、クミさんの顔が近づいてくる。  応えて目を閉じると、唇に唇を重ねられた。  チュッ、と軽く1度。  ついばむように、2度3度。  それから、吸いつくようにディープなキス。  強く吸われる口から理性が吸い出されているように、頭がぼうっとして、なにも考えられなくなる。  もっとクミさんが欲しいと、なおいっそうクミさんに求められたいと、本能の部分で思うようになる。  肌と肌が触れ合う部分から、クミさんの昂ぶりが伝わる。あたしの昂ぶりも、クミさんに伝わっていると確信できる。  熱い。唇が、身体が熱い。  疼く。クミさんを求める気持ちに、オンナの肉が疼く。  だが、そこまでだ。  本格的に昂ぶり始めたところで、クミさんが唇を離した。 (もう少し……いえ、もっと……)  欲しい。  だが、そうとは言えなかった。  肉の奥に官能の焔を残したまま、あたしは身体を洗ってお風呂を出た。  それは、さらに日にちが過ぎ、明後日は学園祭当日という日の夜だった。  コン、コン……。  あたしの指が、硬いなにかを叩く。  カッ、カッ……。  叩いたあと、硬いものを掻く。 (あたしは、なにを……)  叩いているのか。掻いているのか。  わかっている。知っている。  あたしの指が叩いているのは、貞操帯の縦帯、おしゃもじ形に膨らんだ金属板だ。  叩いたあと掻いているのは、そこに軟禁錠を介して取りつけられたプレートに、無数に穿たれた小さな穴――小水用排泄孔だ。  肉の火照りと疼きに耐えかね、刺激がほしくて、無意識のうちにはしたない行為に及んでいるのだ。  ハッとして指を止め、布団の中で、自分の身体を抱きしめる。  右手で左腕を、左手で右腕をつかみ、奥歯をギュッと噛みしめて。  だがそんなことで、肉の火照りが冷めるわけがない。疼きが治まるはずがない。  そこに刺激を得られないかぎり、あたしは火照りと疼きから逃れられない。  実のところ、こうなってしまうのは、今夜が初めてではなかった。  何日か前から、無意識のうちに、指を股間に伸ばすようになっていた。  とはいえ、昨日までは、気づいたらやめることができていた。自分で自分を抱きしめて、やり過ごすことができていた。 (でも……でも、今日は……)  もう、抑えられない。  そこで、クミさんの言葉を思い出した。 『だから念のため、お互いの鍵だけじゃなく、自分の鍵も持っておくの』  そう言われて、あたしは自分の鍵をわたされた。  その鍵を使って、貞操帯を外すことができる。  高校時代、大学に入ってからも、ときどき手を染めていた自慰。  ショーツごしに恐る恐る撫でるだけで、じんわりと襲いきた快感――ほんとうは快感の前兆と呼ぶべき感覚なのだが、あたしはそれを快感だと思っている――があれば、火照りと疼きが治まるのではないか。  いや、ショーツの上からではなく直接そこに触れたら、もっと大きな快感が――。  だが、クミさんはこうも言った。 『急病や体調が悪くなったとき以外、私は貞操帯を外したくない。サキにも、体調不良やどうしても耐えられなくなったとき以外、貞操帯を外してほしくない』  つまり、急病や体調不良でもないのに貞操帯を外すことは、クミさんの期待を裏切ることになる。 (それだけは……)  したくない。 (でも、だけど……)  あたしは、鍵を持っていることを意識してしまった。  貞操帯を外し、自分で慰められると知ってしまった。  おまけに、耐えがたい火照りと疼きに苛まれ、夜中に目覚めてしまった状況。  火照りと疼きがもう少しましだったら、夜中に目覚め睡眠不足でなければ、抱かなかったであろう不埒な考えに囚われて――。  もそもそと起き上がり、明かりを点け、フラフラと鍵を置いた小物入れに向かう。  クミさんとお揃いのキーホルダーにつけられた鍵を取り、南京錠の鍵穴に――。  しかし、鍵は途中までしか差さらなかった。 (これは、きっと……)  クミさんの鍵を差してしまったのだ。  そう考え、もう一方の鍵を差し込むが、やはり途中までしか入らなかった。 (もしかして……)  鍵をキーホルダーにつける際、クミさんが誤って自分のものをふたつつけてしまったのか。  そうと気づき、自分を慰めることはできないのだと知り、あたしはその場に座り込んでしまった。  翌朝――といっても、途中で目覚めたのが前日だったのかは定かではない――起きると、すでに10時を回っていた。  目覚まし時計には、無意識に止めた形跡。それで起きられず、2度寝してしまったようだ。  いつに増して、身体がだるい。昨日よりさらに、頭がぼうっとする。熱に浮かされたようにフラフラ起き上がり、なんとかルーティンをこなして大学へ。さらに、なにをしたか憶えていないまま、クミさんの部屋へ。 「サキ、どうしたの?」  あたしの異変に気づき、クミさんが訊ねてきた。  ほんとうのことを告げようか、一瞬迷ってから口を開く。 「なんでもないです。ちょっと、寝不足なだけで」  作り笑顔でごまかして、それでも言っておかなければいけない事実を思い出した。 「クミさん、つける鍵を間違ってます。これ、両方ともクミさんの鍵です」  言いながらキーホルダーごと鍵をわたすと、クミさんが取り出した自分のキーホルダーの鍵と見比べた。 「ほんとうだ。ごめんなさい……」  そして、私を見て訊ねた。 「昨夜、体調が悪かった?」  問われて、ハッとした。  貞操帯を外そうと試みなければ、鍵が違うと気づけない。  そして、貞操帯を外していいのは、体調不良のとき。 「それでよく眠れず睡眠不足?」  違う。だが、事実を伝えることははばかられた。 「いえ、そうじゃないです……」  ほんとうのことが言えず、ごまかそうとしてしまった。  しかしクミさんは、あたしのごまかしを許さない。 「じゃあ、どうして貞操帯を外そうとしたの?」 「そ、それは……」  言えなかった。肉の火照りと疼きに耐えかね、自分を慰めようとしたと、恥ずかしくて告白できなかった。 「それは……」  言えずにうつむく私に、腰に両手を当ててクミさんが迫る。 「言えない?」 「は、はい……すみません」  そこで小さくため息をつき、クミさんがあらためて口を開いた 「私、伝えたよね?」  そう、あたしに貞操帯を嵌めたあと、たしかにクミさんは告げた。 『耐えられなくなって貞操帯を外したら、外したことと外した理由を、お互い正直に告白し合いましょう』 「なのにどうして、ほんとうのことを言ってくれないの?」 「だって……あたし……」  言えなかった。それでも、教えられなかった。  そんなあたしに、クミさんの詰問。 「わかっているわ。自慰をしようとしたんでしょう?」  図星を突かれ、あたしの肩がピクリと震えた。  それでも、なにも言えずうつむいていると、クミさんが冷たく言い放った。 「サキ、あなたは今、ふたつの罪を犯した。ひとつは、勝手に自慰をしようとした不貞の罪。もうひとつは、私との約束を破って事実を話さなかった不服従の罪」 「そ、そんな……」  反射的に声をあげ、顔を上げると、クミさんと目が合った。 「ひっ……」  いまだかつて見たことのない厳しい表情にすくみ上がった私に、クミさんが語りかける。 「貞操帯は、貞節の装具。そのことは、知っているわね?」  知っている。クミさんに聞かされた。 「着けることに意味があるのは、貞操帯だけじゃない。コルセットには、女性の従順の証ともされる」 「じゅ、従順……ですか?」 「ええ。従順というと悪い意味に取られがちだけれど、そうじゃない。従順の英訳『obedience』には、親孝行の孝順、忠実であることを示す忠順、法を守る遵法、そういった意味もあるのよ」  つまりあたしは、ふたりのあいだの決まりを破った。  従順の証コルセットと貞節の装具たる貞操帯を着けていながら、クミさんの期待を裏切り、不服従と不貞の罪を犯してしまったのだ。  そうと理解させられたところで、クミさんが厳しく宣告した。 「不服従と不貞の罪に対し、明日の学園祭で罰を与えます。素直に罰を受けるつもりがあるなら、集合時間の1時間前、サークル室に来なさい」 『不服従と不貞の罪に対し、明日の学園祭で罰を与えます。素直に罰を受けるつもりがあるなら、集合時間の1時間前、サークル室に来なさい』  サキにそう告げたことは、大きな賭けだった。  そもそも、彼女に告げた罪は、屁理屈とこじつけによるものだ。ほんとうは、サキは罪など犯していない。  それでもし、彼女が来たら、それは罰を受けてでも私との関係を修復したいということ。  しかし来なければ、私たちの関係はおしまいになってしまう。 (でも……)  私は、彼女は来ると信じていた。  来て罰を受ければ、サキは私が与える罰の虜になると疑っていなかった。  サキは私が、自分と同じ性的指向を持つ女性《ひと》と、自分にピッタリと合う性的指向を持つ女性を見分わける能力でもって見出した逸材だから。  見出したのち、着けさせたいくつもの装具を、サキは受け入れてきた。そのことで、彼女がほんとうに私の理想の女性であるとわかったから。  サキはきっと、罰を受けにくると、罰を受けて私好みの恋人になってくれると、私は確信していた。  そして翌日。私の予想どおり、サキは指定した時間にサークル室にやってきた。

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