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序  ジベット、中世の拷問、あるいは晒しの刑具。大まかに人の形を象った、極小の檻である。  クリノリン、19世紀半ばに発明され、貴族や資産家のあいだで流行した、スカートを膨らませるためのアイテムである。  このふたつを合体させたジベットクリノリンという拘束具を今、あたしは装着されている。  ドロワーズとシュミーズというクラシカルな下着を着けたうえにコルセットを締められ、さらに貞操帯を嵌められた状態で、あたしはジベットクリノリンに閉じ込められ、晒されている。  とはいえ、この場にいるほとんどの人は、この世にひとつしかないオリジナルの拘束具に、あたしが囚われていることを知らない。  当時のものを複製した衣装――それは貴族や資産家の娘のものではなく、郊外の裕福な農家の娘のよそ行き着をイメージしたものらしい――で、ジベットクリノリンという大がかりな拘束具の身体部分は覆われている。被された袋で、頭の拘束具も隠されている。  そもそも、あたしはこの場にいないことになっているのだ。  わがサークルが学園祭の演しものとして企画した、近世から現代にかけての服飾の歴史ショー。この衣装を着る予定だったあたしは、イベント当日、体調を崩して欠席したことになっている。  それで、装具と衣装だけが展示されている体《てい》にされているのだ。  ここにあたしが閉じ込められ、囚われていることを知っている人は、たったひとり。  あたしをこんな状態に陥らせた、いや陥らせてくれた、恋人にして女主人《ドミナ》のみ。 「ン、ふ……」  あたしがここにいると誰にも気取られないよう、小さく、静かに吐息を漏らす。  あたしは、罪を犯した。  ジベットクリノリンへの閉じ込めと秘密の晒しは、その罪に対する罰なのだ。 (いえ……)  ほんとうは違う。あたしの女主人は、あたしを――。  そこで近くに観客の気配を感じ、あたしは思考を中断して息をひそめた。 1.従順 「それじゃ今年の学園祭、わがサークルの演しものは『近世から現代にかけての服飾の歴史ショー』ということでいいですね?」 「さんせーい」 「異議なーし」  それは、そんな感じの軽いやりとりで始まった。  もちろん、そのなかにあたし、今年大学に進んだばかりの1年生、樹乃《きの》サキも含まれている。  サークルそのものも、あたしを含めメンバーも、すべてが軽い集まりなのだ。  いや、部長の緒野《おの》クミさんだけは違う。  いつも明るく朗らかなのはあたしたちと同じだが、そこに軽薄さはない。けっして軽いんじてはいけないと思わせる、オトナの雰囲気を持っている。  その雰囲気の大半は、部長の容姿がもたらすものなのだろう。  長い黒髪、端正な顔立ち。全体的には女性らしい柔らかそうな身体つきなのに、ウエストはすごくくびれている。趣味が洋裁で、すべて自分で仕立てているという服は、地元ではあまり見かけなかったフェミニンかつエレガントなものばかり。しぐさがたおやかなことと相まって、とても上品な感じがする。  あたしを含め地方出身の者はたいてい、寮か狭いワンルームに住んでいるが、部長は大学近くに2DKのマンションを借りている。  実家がかなり太いのではないかという噂だが、ほんとうのところはわからない。彼女はそうしたことについて、多くを語らない。  そういうミステリアスさも、軽んずることのできない雰囲気に寄与していた。  ともあれ、部長の提案によると、あたしたち一般のメンバーには、準備のための費用も時間も手間もかからない。  彼女の叔母さんがなにかの歴史を研究している人らしく、昔の風俗についての知識があり、かつコレクションの貸し出しもしてくれる。  おまけに得意の洋裁で、借りられないものについては手持ちの布で自作してくれると聞いては、反対する者はいなかった。  部長以外のメンバーは、当日用意されたものを身につけるだけでいいのだ。 「でもね、サキちゃんだけは、事前に準備してもらわないといけないの」  部長があたしにそう告げたのは、演し物が決まって1週間ほどが過ぎた頃だった。 「クリノリンって知ってる?」 「いえ」 「昔、ドレスの下半分、ぶわっと膨んでたじゃない? スカート部分の下に着けて、その膨らみを作る装具がクリノリン」 「ああ、ゴスロリファッションのパニエとか、そういう感じの?」 「うーん、あれは布だけど、クリノリンは違ってね……」  そう言いながらスマホを操作した部長が、検索で表示された画像を見せた。 「こういう感じの、針金などで作られた、釣り鐘形の装具なの。もっと昔は重いペチコートを何枚も重ね穿きしていたんだけど、19世紀半ばにクリノリンが発明されてからは、これ1着でスカートを膨らませられるようになったわけ」  つまり、あたしが演し物で着用するのは、クリノリンが登場した頃の衣装というわけだ。 「ただし、ひとつ問題があって……貸してくれるジベ……えーと、なんとかクリノリン。昔のじゃなく最近製作された叔母さんオリジナルのものなんだけれど、当時ものと同じように、コルセットを着けた上に着るようになっているの」 「それは、コルセットでウエストをかなり細くしないと着けられない?」 「まぁサキちゃんは全体にスリムだから、そんなに締めあげなくてもいいと思うけれど……」  そこで、部長がコルセットを取り出して見せた。 「それでも急に締めつけて、当日気持ち悪くなったりするといけないから、学園祭までの期間、ちょっとずつ慣らしてほしいの」 「えええ……」 「お願いっ。サキちゃんとなんとかクリノリンに合わせて衣装を作り始めてるから、今から別の人にお願いするとなると……」  そう言って手を合わされては、断るわけにいかなかった。  ほとんどひとりで準備をしている部長に、これ以上負担をかけるわけにはいかない。  軽い人間であると自他ともに認めるあたしだが、けっして無責任というわけではない。  コルセットを着け続けるのは苦しいだろうが、学園祭まであとひと月、そのあいだの辛抱だと考えて――。  いや、それだけじゃない。  たぶん、きっと、あたしは部長に特別な感情を抱いている。  その正体がなんなのか、自分でもわからない。だが、先輩やサークルの部長として以上の好意を持っているのは間違いない。  そんな彼女を、落胆させたくない。迷惑をかけたくない。ありていに言うと、いい子だと思われたい。 「わかりました」  そう考えて答えると、部長が安堵の表情を見せて告げた。 「それじゃ、さっそく着けてみましょう」  促されてシャツのお腹をめくり上げた私に、部長が穏やかにほほ笑む。 「現代の補正下着では樹脂製が使われることが多いけれど、コルセットは伝統的にボーンがスチール製で、水洗いができないの。だから、コルセットは肌着、あるいはシャツの上に着けるのよ」 「えっ、でも……」  今日、私が着ている服はカジュアルなものだ。いや今日にかぎらず、私はクラシカルなコルセットに合う服は持っていない。 「だったら……」  私がそうと告げると、先輩がにっこり笑って告げた。 「だったら、私の部屋に来て。ついでだから、本番で着るクラシカルな下着も着けてみましょう」 『わかりました』  コルセット装着を持ちかけたときの樹乃サキの答えを聞き、サークルの部長たる私、緒野クミは、ホッとしたような表情を作りつつ、心のなかでほくそ笑んだ。  私は、同性愛者《レズビアン》のサディストである。そして、才能がある。  それは、得意の洋裁のことではない。洋裁は『好きこそものの上手なれ』で身についた技術にすぎない。  私の才能とは、自分と同じ性的指向を持つ女性《ひと》と、自分にピッタリと合う性的指向を持つ女性を見分わける能力だ。  そんな私の性的指向と才能は、叔母さん譲りのものなのだろう。  私のなかに自分と同じ性質を見出した叔母さんは、実子がいないことも相まって、私をかわいがってくれた。  学生の身分には不相応な部屋を借りられるのも、叔母さんの支援のおかげ。そのうえ、一代で築き上げた財産を、すべて私に相続させると言ってくれている。  ともあれ、自分にピッタリと合う性的指向を持つ女性を見わける能力でもって見つけたのが、樹乃サキである。  高校時代は陸上部。夏に部活を引退して受験勉強に集中するあいだに日焼けは薄れ、筋力はいくぶん落ちただろうが、それでも引き締まった肉体には、当時の名残りがあった。  中学生と言われても通りそうな童顔にショートヘア。服飾に興味アリアリな私の目には、少し野暮ったいと映るファッション。  それらサキの外見上の特徴すべてが、私の好みだった。  そんな愛らしい後輩が、同性を愛する指向と被虐で悦ぶ性質を秘めているとわかったとき、私 の胸は高鳴った。  なんとしても、この子を自分のものにすると決めた。  とはいえ、サキはいまだ自分の性的指向を自覚していない。加えて、彼女には性の体験がない。性の知識も、聞きかじった程度のものしか持っていない。  サキは自分のことを軽い性格だと思っているようだが、それはノリがよく、行動の主な動機が直感というだけのこと。  それだけに、もし直感で私のことを『嫌い』と感じてしまうと、そこから関係を発展させるのは難しい。  そこで、彼女が入学してからの半年間、私は慎重にことを運んできた。  偶然を装って出逢いを演出し、サークルに誘って優しい先輩を演じながら、彼女からの好感度を上げていった。  そのなかで、なんとなく私の性的指向が伝わるよう仕向けてきた。それでもサキからの好感度が下がらないことを確認しながら。  そして、現在である。  サキが同性愛のマゾヒストであることは間違いない。彼女がその性的指向を自覚していなくても、同性愛者でサディストの私に好意を寄せているのは確実。  そうと確信しながら、私は学園祭の演し物を利用し、彼女との関係を一気に進めようとしていた。  その第一歩が、コルセットの装着。一定程度の苦しさを強いられるとわかっていながら、サキがその装具を受け入れたことで、私はジベットクリノリンに彼女を閉じ込めることを夢想した。  そう、ジベットクリノリン。念のためサキには名称をぼかして告げたが、中世の拷問、あるいは晒し刑の道具――大まかに人の形をした極小の檻、ジベット――の名を冠した、叔母さんオリジナルのクリノリンである。  それは、複数のパーツから構成される。  まず、下半身の通常のクリノリンと同じ形状の部分。ただし材質は最新の炭素繊維素材で、軽量と高い強度が共存している。  そして、クリノリン部分の奥には、足を拘束するための枷が取りつけられる。  上半身のジベット部は、同じ素材で2分割。ウエストから首にかけてと、鳥籠のような形状の頭部を閉じ込める檻。  頭部の檻には、口に押し込めて言葉を奪う口枷オプションも用意されている。  それらジベットクリノリンを構成するパーツのうち、サキはどこまで装着させてくれるだろう。  それはきっと、コルセットとジベットクリノリンのほかに用意している装具を、彼女が受け入れるかどうかにかかっている。  とはいえ、まずはコルセットだ。  次の段階に進む予定は1週間後。サキがコルセットを着け続けてくれたなら――。  そう考えながら、コルセットを手に私はサキに声をかけた。 『それじゃ、さっそく着けてみましょう』  そして、誘った。 『だったら、私の部屋に来て。ついでだから、本番で着るクラシカルな下着も着けて過ごしてみましょう』  訪れるのは何度めかになる部長の部屋。 「これが、ドロワーズ。日本でお婆ちゃんの下着の名称になってる『ズロース』は、この言葉が訛ったものなの」  そう言いながら部長が見せた白の下穿きは、高校の体操服のハーフパンツより丈が長いものだった。  色と材質以外の違いは、裾にフリルがあしらわれていること。そして、股間部分がオープンに、いわゆる股割れの構造になっていること。 「穿いたうえでコルセットを着けると、簡単に脱げなくなるからね。伝統的なドロワーズはこうなっているのよ。まぁ生地がゆったりしていることと相まって、脚を開かないかぎり中が見えたりしないから安心して」  それから、上半身の下着。 「こっちはシュミーズ。日本でシミーズというとスリップみたいな下着だけど、昔の欧州では、こういうシャツのような形状のものもあったのよ」  ドロワーズとシュミーズ、それにコルセットを受け取ったあたしがもじもじしていると、部長がハッとした表情を見せた。 「あ、ごめん。着替えを見られるのは恥ずかしいよね。私、外に出てるね」 「あ、いえ、でも……」  たしかに、下着まで脱いでの着替えを見られるのは恥ずかしい。  だが、部屋の住人で、かつ先輩でもある部長を追い出すのは気が引ける。  それに――。 「でも、いいです。部長になら見られても」  思わず本音でそう言って。 「あ、いえ、その……コルセットは着けかたがわからないし」  それならドロワーズとシュミーズを着替えてから呼べばいいのに、そうせずに。  あたしは、部長に見られながら着替えることを選んだ。  部長に背を向け、コットンシャツとデニムのパンツを脱ぎ、下着姿になる。  上下でブランドも色も違うし、テイストもまるで違うブラとショーツ。 (こんなことなら……)  上下セットで買った、ちょっとオシャレな下着を着けてくればよかった。  ふつうの女友だちに対しては感じたことのない羞恥を覚えながら、普段使いの下着にも手をかける。  背中に、部長の視線を感じる。  さすがに凝視はしていないだろうが、あたしを見ていることは確かだろう。  でも、嫌じゃない。  恥ずかしいけれど、部長に見ていてほしいという思いが、心のどこかにある。  ほかの人には抱いたことのない不思議な感情に囚われながら、ブラとショーツを脱ぎ、ドロワーズとシュミーズを身に着ける。  現代的なぴったりと身体に張りつく下着から着替えると、ちょっと心もとないと思えるほどゆとりがある。  それは、オーバーサイズだからというわけではないだろう。ジャストサイズでもそうなるよう、デザインされ縫製されているのだ。  露出の少ない古風な下着姿を鏡で見ていると、いつしか部長があたしの真後ろに立っていた。 「どんな感じ?」 「下着というより、部屋着みたいですね」 「うん、だから最近では、わざとドロワーズやシュミーズを見せる着こなしもあるみたいね」 「見せパンみたいな感じ、ですか?」 「見せパンは見えてもいいパンツって意味だけど、これはもっと積極的に見せる感じね。でも下着は下着。コルセットを含めてわざと見せるのは、私はあまり好きじゃないけれど」  その言葉は、部長らしいと感じた。  同時にあたしも、いくら下着っぽくないからといって、わざと見せるのは少し違うかなと思った。  そのことを告げるとにっこり笑い、部長がコルセットを手にあたしの前に立った。 「腕を上げて」  そう言われて、素直に従う。 「ちょっとだけ触るわね」 「はい」  答えたところで、片手にコルセットを持ったまま、両手を胴に回される。  コルセットを巻くためだとはわかっていても、抱擁されるような体勢にドキッとする。  そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、部長の動きはゆっくりしていた。 「いちばん締まるところを、ウエストの位置に合わせないといけないの」  そう言いながら、慎重に位置を合わせてコルセットをお腹に巻きつけられる。  そして身体の前側で留め具――バスクという名はのちに知った――を上から留めていく。  その時点では、ちっともきつくなかった。ワンタッチで着られるタイプの着物の帯、あるいは腹巻きみたいな布を、お腹に巻いているだけのような感じだった。  それが変わっていったのは、部長が後ろに周り、背中側の編み上げ紐の締め込みが始まってから。  紐の弛みを、部長が指で直す。それから、縦に長い編み上げの、真ん中付近から外に出た紐を引く。  キューッとウエストが締まった。  そこでまた、部長が不均等な締まりを指で直すと、いくぶん締めつけが弱くなった気がした。  とはいえ、それは一時的なこと。すぐまた締め込まれ、それから締まりを均等に直される。  さらにもう一度締められて、部長が紐を結んで留めた。  きつい。だがきつすぎることはない。苦しいことは苦しいが、耐えられないほどじゃない。 「これで、5から6センチ締まったくらいかな。サキちゃんはもともと細身で引き締まっているから、これくらいの締め込みでも効果てきめんね」  部長の言葉どおり、あたしのウエストはふだんよりくびれていた。  自分のくびれに目を奪われていると、私の肩ごしに鏡を覗き込み、先輩がささやくように告げる。 「すっごくスタイルいい。羨ましいわ」 「いえ、そんな……コルセットのおかげです」  そう答えたことで、スタイルがよくなったと自覚していると告白したも同然。加えて、それがコルセットのおかげだと、コルセットに悪い感情を抱いていないと知られた。  とはいえ、くびれたウエストに見惚れていたそのときのあたしは、そのことに気づけなかった。 「うふふ……気に入ってくれたみたいね」  嬉しそうに笑いながら、部長があたしから離れる。 「それじゃ、これを着て」  そして、たたんで置かれていた服を手に取る。 「サキちゃんの服、もう着られないでしょう?」  言われて、ハッとした。  スキニーなデニムのパンツでは、その下でドロワーズがゴワゴワするだろう。それよりなにより、細くなったウエストに、サイズが合わない。シャツは着られるが、やはり中でシュミーズがもたつくだろう。 「ね、だから、これを着て」  そう言って部長が服を広げると、それはシンプルでありつつ私のシャツよりずっとエレガントなブラウスと、オトナの女性が穿くようなロングスカートだった。 「こんなおとなっぽい服……あたしには似合いません」 「そんなことないわ。今のサキちゃんなら、きっと似合う。それに……」  ためらうあたしに、部長は片目をつぶってみせた。 「それに、同級生に服のテイストが変わった理由を訊かれたら、わがサークルの演しものの宣伝ができるでしょう?」  そう言われると断ることもできず、あたしは部長が用意した服を身に着けた。 「明日も来てね。コルセットを締め直してあげるから」  そう言ってサキを送り出し、私は唇の端を吊り上げた。  今の私はたぶん、悪い顔をしているだろう。ふだんの私を知る者が見たら、驚くかもしれない。  それほどまでに、私は悦びを得ていた。 『いいです。部長になら見られても』  サキが漏らした本音は、すごく嬉しかった。思わずそう言ってしまうほど、彼女が私に好意を持っているとわかったから。 『下着は下着。コルセットを含めてわざと見せるのは、私はあまり好きじゃないけれど』  私の言葉へのサキの反応も、ほんとうに好ましかった。間髪入れず同意してくれたことで、彼女が私と同じ感性を持っているとわかったから。  それにコルセットも、コルセットを着けた自分の姿も、気に入ってくれたようだ。  一部の愛好家のあいだで、コルセットは女性の従順の象徴とされている。  苦しさに耐えながらも、愛する人のために美しいスタイルを保ち続けるため、コルセットを締める。その美しいスタイルで誂えた服を着続けるため、常に節制を心がける。  そのことが、従順な女性の証とみなされるのだ。  もちろん、コルセット愛好家全員が同じ考えではない。  だが、私はそう考えている。  また、サキがコルセットは従順の証と知っているわけではない。  しかし、同じ感性を持つ彼女は、私に対して従順になれる資質を持っている。  その証拠に、デニムのパンツのサイズが合わなくなったという理由だけで、私が仕立てた服を素直に着た。  そう、あの服は彼女のために、私が自らの手で仕立てたものだ。  そして、私がサキのために用意している服は、あの1着だけではない。  叔母さんに紹介してもらったお針子さんに、ほかのサークルメンバー用の衣装の仕立てを任せ、私はサキの服を仕立てている。  何着も、何着も。  サキの服を、私が仕立てた私好みの服に入れ替えるために。  コルセットを着けていないと着られない服で、サキのクローゼットを満たすために。  ともあれ、まずは次の段階に進めるかどうかだ。 「従順の証たるコルセットに続き、サキが貞節の装具も受け入れてくれたなら……」  そのときのことを想像して、私は肉体の昂ぶりを覚えた。  家に帰り、実際にメジャーで測ってみると、あたしのウエストはふだんより5.5センチ細くなっていた。  とはいえ、姿勢よくまっすぐ立っていると、それほど苦しさを感じない。  だが、測定のあとメジャーを落としてしまい、拾い上げようと腰を屈めたときである。 「うッ!?」  コルセットにお腹を締めつけられ、思わずうめいてしまった。  それではと膝を折り、背すじを伸ばしたまま床に手を伸ばすと、苦しくならずに拾うことができた。 「つまり、これって……」  常に姿勢を正し、部長のような女性らしい、たおやかなしぐさを心がければ、苦しくなることはない。  逆に背中を丸めた悪い姿勢を取ったり、雑な動きをしたら、お腹を締めつけられる。  それは、ふだんガサツなあたしには、難しいことのように思えた。  とはいえ、コルセットを緩めようという気にはならなかった  コルセットを外してはいけない気がして、シャワーを浴びることもはばかられた。 『明日も来てね。コルセットを締め直してあげるから』  そのときコルセットを緩めていたり、外したりしたことがバレちゃいけない。 「だって……」  あたしにコルセットを着けたときの、部長の嬉しそうな笑顔。  もし私が緩めたり外したりすることで、あの笑顔が曇ったらどうしよう。もしそうなるくらいなら、ちょっとくらい苦しいほうがまし。  そう考え、拭けるところをボディシートで拭いて、私は眠りについた。 『明日も来てね。コルセットを締め直してあげるから』  私がサキにそう告げたのは、素直に締め直しにくるかどうかで、彼女の従順さの度合いが計れると考えたから。  それによって、1週間後に次の段階に進む――従順の証たるコルセットに加え、新たに貞節の装具を着ける――ことができるかどうか、見きわめようとしていたのだ。  正直なところ、私が着つけた下着を身につけていたとしても、編み上げの結びめなどに、一度は脱いだ形跡があると思っていた。  コルセットを緩める程度のことは、許容範囲と判断していた。  場合によっては、下着も服も自分のものに着替えていても、締め直しにきてくれさえすればかまわないと考えていた。  ところが、サキは期待以上の状態でやってきた。  彼女のドロワーズも、シュミーズも、コルセットも、服も、すべて昨日のままだった。  いったん脱いで着直していたり、コルセットを緩めていたら、私が怒ると思ったわけではないだろう。  サキはたぶん、私を落胆させたくなかったのだ。  コルセットを着つけたとき、嬉しさが表情や態度に現われていたのだろう。そのようすを見て、着直したり緩めたりしていたら、私がガッカリすると思ったのだ。 (つまり、サキは……)  表情や態度から感情の動きを読み取れるほど、私を注視していた。  そうして読み取った私の喜びを、自分のきつさ苦しさより優先させた。 (きっと、サキは……)  それほどまでに、私に好意を寄せている。  それが恋愛感情だと理性の部分ではわかっていなくても、本能の部分で私に恋をしている。  同性愛者《レズビアン》のサディストである私に、同性愛者のマゾヒストであるサキが。 (だとすれば……)  迷わず次の段階に進める。従順の証に加え、貞節の装具も着けさせられる。  そう考え、喜びを包み隠しながら、コルセットの編み上げ紐を解きつつ私はサキに告げた。 「新しいドロワーズとシュミーズを用意しておくから、まずはお風呂に入ってきて」

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