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後編  首輪につながれた鎖を取られ、通路を歩かされる。  右を鎖を握る美濃山《みのやま》主任看守、左を諌田《いさだ》看守に固められ、連行されていく。  チャリ、チャリと聞こえるのは、ブーツ上端の足枷部分の鎖が揺れる音。  その鎖のせいで、歩幅は著しく制限されている。ブーツが超ハイヒールなのと相まって、脱走は絶対不可能なのだと思わせられる。  そして、脱走を防ぐための措置は、足枷の鎖だけではない。  入所前処置室を出て進む通路の途中に、施錠されたドア。そのドアを、諌田看守が顔認証とタッチパネルで解錠する。  もし要所要所に同種のセキュリティが設置されているなら、囚人がひとりで突破することは不可能だ。  足と同じく鎖でつながれたミトンを嵌められた手では、タッチパネルを操作できない。それにはぶ厚いクッションが仕込まれているから、ドアノブをつかんで回すのも至難の業《わざ》。そもそも、今の私には認証するための顔がない。  それに、私の顔を覆い隠すバイザーは、透明度が変えられる。今はサングラス程度に設定されているが、視覚を完全に奪うこともできる。視覚のみならず、聴覚も遮断できる。  そうなるともう、1歩も動けないだろう。  加えて、処置室から通路に出る際、灯りが消された前室を通るとき気づいた、スーツそのもののしかけだ。  色分けされたスーツの白部分は蓄光素材で、暗い場所では発光するのだ。  おそらく夜間なら、何百メートル先からでも、そこに囚人がいるとわかるだろう。物陰に隠れても、光だけは漏れる。  つまり、夜闇に紛れることも不可能。  着つけられた特殊囚衣には、二重三重に脱走を防ぐ措置が講じられているのだと思い知らされながら、私は連行されていく。  ドアを出て、さらに通路を歩かされる。  そのあたりから、私は肉体の異変を感じ始めていた。  肛門に注射された弛緩剤の効果が切れたのだろう。  本来の力を取り戻した括約筋が、そうしようと意識しているわけではないのに、挿入固定された異物を食い締める。  その直径は、挿入前の状態で5センチ以上。固定用バルーンを膨らませられた今は、それよりはるかに太くなっているに違いない。  痛みを覚えることこそないものの、その存在感は強烈。違和感は猛烈。  口を固定されていなければ、開いて口呼吸していたと思えるほどに。  声を奪われていなければ、開いた口で苦悶していただろう。  加えて、金属製の股間パーツの奥で、私の膣に挿入固定されたディルドだ。  その意思を持たない責め具が、一歩足を進めるたび、オンナの快楽の源泉たる肉壺の中で、ミリ単位で動く。  いや、実際はディルドが動いているわけではない。動いているのは、私の肉のほうだ。歩かされていることで、脚の筋肉と連動して、そこの肉も動いているのだ。  とはいえ、どちらが動いているかは、今の私には関係ないこと。  現在の問題は、膣の粘膜を刺激されることで、そこに生まれる快感だ。  じっとしていたら快感になる寸前の妖しい感覚だったが、今ははっきりと快感に変わっていた。  それが、私の体温を上昇させる。熱をもった肉が、呼吸を荒げさせる。 「シュ、シュ、シュ……」  鼻のチューブからマスクの通気孔に抜ける吐息が、短く早くなる。  それは、短い鎖で歩幅を制限されて連行されているから。 「シュ(うッ)、シュ(うッ)……」  吐息で苦悶するのは、肛門の器具の猛烈な違和感のせい。 「シュ(あっ)、シュ(あっ)……」  吐息で喘ぐのは、ディルドが快感を生んでいるから。  苦悶しようと、喘ごうと、声は漏れない。音は吐息にしかならない。  その事実は、予期しない効果を、私のなかに生み始めていた。 『声は漏れない。音は吐息にしかならない』  そう自覚することで、どんな声を出しても、私以外の者には伝わらないのだと思い知った。  思い知ると同時に、あらゆる声を抑えようとする気持ちを失なった。  実のところ、私の身体の状態は、ふたりの看守に把握されている。  私の体温・血圧・脈拍・呼吸数など身体データは、収監手続きの際使用された携帯端末に送られている。  それらデータを端末に搭載されたAIが判断し、私がどういう状態にあるのか、画面を見ればすぐわかるのだ。  とはいえ、私はまだそのことを知らない。  知らないから、伝わらないと思い込み、苦悶と喘ぎを抑えなくなる。  そしてそのことは、新たな影響を私に与える。 「シュ(うッ)、シュ(うッ)……」  肛門の器具の猛烈な違和感に苦悶する。 「シュ(あっ)、シュ(あっ)……」  膣のディルドの刺激に喘がされる。  その声はけっして漏れないが、私自身は苦悶し喘いでいることを自覚している。  自覚することにより、苦悶の原因たる肛門の器具と膣のディルドの存在をより強く意識させられる。 「シュ(うッ)、シュ(うッ)……シュ(あっ)、シュ(あっ)……」  意識させられて、苦悶と喘ぎがますます激しくなる。  そこで覚える、息苦しさ。 (もしかしたら……)  これ以上激しく運動させられたら、酸素が足りなくなってしまうではないか。 (だって私は……)  鼻孔を経て気道へと挿管されたチューブを経てしか、呼吸することができないのだから。  そう考え、酸欠の恐怖に囚われながら、それでも抗うことはできず歩かされる。 「シュ、シュ、シュ……」  呼吸孔から吐息を漏らしながら、連行されていく。  やがて、通路突き当たりのエレベーター。  その大きめのボタンですら、クッションを仕込まれたミトンの手ではうまく押せないだろう。  熱に浮かされたような状態になりつつある頭で漠然と考えながら1階から3階に上がると、通路右側にはハメ殺しの窓。外が暗くなっているため、窓のガラス――おそらく、女の力で叩いた程度では割れない強化ガラス――には、連行されていく私の姿が映っている。  そのさまにいたたまれなくなり左を見ると、タッチパネルのセキュリティつきのドアが並んでいた。  そのドアのひとつひとつが、囚人用の個室――いや、独房なのだと思い知りながら、再び肛門器具とディルドに責められながら歩かされる。  そしてようやく、タッチパネルに『503』と表示されたドアの前にたどり着いた。  諌田看守がタッチパネルを操作してドアを開くと、中は縦横高さすべて2メートル程度の、極小の空間だった。  床も壁も天井も真っ白。唯一色が違うのが、ドアと反対側の壁の一面に設えられた2箇所のオレンジ色のパネル。 「ここが、503の独房だ」  美濃山主任看守が首輪の鎖を外しながら告げると、諌田看守が私の背中を押した。  促されるまま足を踏み入れ、床にクッション性があることに気づく。  質感が同じということは、床のみならず壁にもクッション材が貼られているのだろう。それで、囚人が暴れても、怪我をしないようにしているに違いない。  そうと気づいたところで、背後から美濃山主任看守の声。 「ドアが閉められたら、すぐ前に立て」  すぐドアが閉じられ、ロックされたので、言われたとおり向きを変えてドアの前に立つ。  すると胸の高さあたりに、クッションの切り欠きがあった。 「ここから手を出せ」  言われると同時に、その部分の蓋が開かれたので手を出すと、ミトンどうしをつなぐ鎖が外された。  続いて床近くの切り欠き部分の蓋も開かれ、そこから伸びてきた手に足の鎖を外された。 「もうすぐ、夜の食餌と排泄の時間だ。やり方は追って指示するから、しばらくおとなしくしていろ」  そしてそう告げられたあと、耳孔内のイヤホンのスイッチが切られると同時に、バイザーを完全に不透明にされた。  音と光を遮断され、なにもできずに床にうずくまる。 (とんでもないことになってしまった……)  入所前処置室で目覚めて以来、怒涛の展開の連続で気に留める余裕のなかった、この先私を待ち受ける運命に思いを馳せる。  1年間、いっさいの自由を奪われ、すべての身体機能を完全に管理・制御されて懲役生活を送る。  それがどれほど過酷なことか、今の私にはわかる。  声も出せず、手も使えず、なににも触れられず、自分の意思ではなにも見えず、なにも聞こえず、なにも味わえず、なんの匂いも嗅げず、自由に食事も排泄もできず、呼吸すら管理され、生殺与奪の全権を剥奪されて生きる。  それはきっと、とてつもなく過酷なこと。  通常の刑務所でも、一定程度は自由の制限を受けるだろう。  だが、すべて剥奪されるわけではない。  食事などは、決められた時間に決められた量食べることを求められるだろう。  しかし、排泄はもちろん、呼吸の自由まで奪われることはない。 (それに……)  今も肛門で圧倒的な存在感を主張している、巨大な器具だ。  あんなものを1年間固定され続け、果たして私の肛門は元に戻るのだろうか。  肛門だけじゃなく、チューブを入れられっはなしで、尿道は平気なのだろうか。  ディルドを挿入されたままで、膣は大丈夫なのだろうか。  鼻は、口は、耳は、目は――。  バイザーを不透明にされての暗闇の中、私が際限ない不安に囚われ始めたところで、再び声が聞こえた。 「食餌と排泄の時間だ」  諌田看守の声と前後して、バイザーの透明度が復活した。 「503のようすは監視カメラでモニターしているから、理解できたら頭を縦に振れ」  応えてうなずくと、諌田看守が言葉を続けた。 「壁のオレンジ色のパネル、わかるな? その前に立て」  言われたとおりにすると、顔の真ん前のパネルが音もなく――本当は音を出しているのかもしれないが、私の耳には諌田看守の声しか届かない――スライドして開き、中からノズルがせり出してきた。 「そのノズルに、マスクの黒いフィルター部分を接続しろ」  それで、処置の途中の女医の言葉を思い出す。 『食餌や水分補給は、今後このマスクを通して行なうことになります』  それでノズルにマスクを近づけるが、うまく接続できなかった。 「慣れるまでは時間がかかっていい。今は遅いことで懲罰を課したりしないから、落ち着いてやれ」  そう言われて少し安心するが、裏を返せば、慣れた段階でモタモタすると、懲罰を課されるということだ。  ともあれそのときは、諌田看守の言葉のすぐあと、マスクのフィルター部分にノズルを差し込むことができた。  カチリ、と硬いものどうしが噛み合う音。  数秒の間を置いて、ノズルがかすかに振動する。  それが流し込まれる流動食が生むものだと気づいたのは、空っぽに近かった胃が満たされていく感覚を覚えてから。  咀嚼できないのはもちろん、口中や食道をそれが通過する感触すらないまま、私に餌が与えられる。  だがもはや、驚かなかった。  ただ、みじめな食餌のやり方を身をもって教えられ、愕然としただけだった。  そう、私はすでに、運命に抗うことを諦めていた。  運命を憂うことはあっても、抵抗する気力はとうに失なっていた。  それは、残酷きわまりない管理と制御の処置が、わが身に施されるさまを女医に見せられ、絶望させられたから。  加えて、管理と制御の処置を施された結果、自分がどんなみじめな状態に陥らされたかを、美濃山主任看守と諌田看守に教え込まれたせい。  いやほんとうは、今も教え込まれている途中なのだ。  この先さらに、教え込まれ叩き込まれるのだ。  とはいえそれは、今の私にはまだわからないことだった。  やがて、流動食の強制食餌が終わる。 「食餌用ノズルの接続をいったん解除する。続いて、排尿だ」  諌田看守の言葉の直後、下側のパネルが開いた。  そこには、大小ふたつのノズル。そのうちの細いほうが、ゆっくりとせり出してきた。 「そこに、おまえの前側のノズルを接続しろ」  言われて、怖気が走った。  てっきり、簡易な便器でも出てくるのかと思っていたのに、ノズルどうしを接続して小水を排泄させられるなんて。 「シュ(そ)、シュー(そんなこと)……」  できない。  排泄を管理されることは覚悟していたが、まさかこんなやり方を強要されるなんて。  しかし、諌田看守は非情だった。 「やろうとしてもたつくのは、今はまだ懲罰の対象外。だが、命令違反や怠慢には、厳しい懲罰が課されるぞ」  その直後、金属製ディルドが挿入された膣に衝撃が走った。 「……ッ!?」  一瞬身体から力が抜ける。  ガクッと膝を床に落とし、膀胱を締める筋肉からも力が抜けたことに気づいてハッとする。  しかし、いっさい漏れていなかった。 「わかったか? 挿入固定されてディルドには、スタンガンと同等の電撃機能がある。今のは1割程度の出力だが、次からは100%の懲罰だぞ」 「シュッ(ひッ)……」  脅されて、悲鳴をあげて立ち上がる。 「それにこのやり方以外、おまえに小水排泄の手段はない」  そのことも、今思い知らされた。  漏らしたと思ったのに漏れていないということは、逆に漏らすこともできないということだ。 (こ、これが……)  排泄を管理・制御されるということ。  そのこともあらためて思い知らされながら、再び壁のノズルに歩み寄る。  視線を落として位置を確認しながら、壁のノズルに自分のノズルを近づける。  いやだ。こんな排泄は、いやだ。  恥ずかしい。悔しい。  だがもはや、拒否するという選択肢はなかった。  スタンガン並みの電撃を、膣内の粘膜に加えられたどうなるか。考えるだけで恐ろしい。  そのうえ、この方法以外に排泄する手だてはない。  羞恥も屈辱も飲み込んで、ノズルどうしをくっつける。  カチリ。  ノズルどうしが噛み合った。  食餌のときと違い、このたびは振動はない。ただ、7割がた溜まっていた膀胱が、少しずつ軽くなる感覚だけ。  尿道を小水が通過する感触もない。それゆえ、排泄時の爽快感もない。排泄が終わったのかどうかもわからない。  とはいえ、装置を通して諌田看守には排泄が終わったことがわかったのだろう。  カチリ、と先ほどと同じ音がいて、接続が解除される。壁側のノズルが引っ込み、パネルが閉じられる。  そうして自分が置かれた悲惨な状態をさらに深く教え込まされ、叩き込まれたところで、諌田看守がさらに口を開いた。 「これより就寝前の措置として、ガスの吸引を行なう。もう一度マスクにノズルを接続しろ」  もう、逆らうことはできなかった。  なにをされるのかという、疑問を抱くことも許されなかった。  言われるがままマスクをノズルにつなぎ、鼻のチューブから無臭のガスを吸わされた数分後。  私は、独房の軟らかい床に倒れ込み、眠りに落ちていた。 「シュシューッ!?」  強烈な衝撃に襲われ、私は叩き起こされた。 「シュ(なに)シュ(なに)シュシュ(なにごと)!?」  パニックに陥り、叫んだところで、諌田看守の声。 「起床時間だ。今のは、目覚まし代わりの1割電撃だ」 「シュ(そ)、シュー(そんな)……」 「食餌や排泄の作法と同じ、早く慣れろ。ここでは導眠ガスで眠らされ、電撃で叩き起こされるのが、囚人の日課だ」  諌田看守の無慈悲な言葉にも、もはや抗う気持ちは持てなかった。  食餌や排泄と同様、早く慣れて従わないと、100%電撃の懲罰が待っている。  その恐怖に囚われて、私は盲目的に従わされる。 「モタモタしている暇はないぞ」  不自由な身体でふらつきながらも立ち上がり。 「まずは、朝の食餌だ」  昨夜と同じ、食べた実感のない食餌。 「排尿」  これも昨日と同じ、恥ずかしく屈辱的な強制排尿。  しかし今朝は、それで終わりではなかった。 「続いて、排便だ。身体の向きを変えろ」 「シュ(えっ)……」 「早くしろ。不慣れゆえのもたつきはまだ許されるが、命令違反は……」  わかっている、懲罰だ。  それが恐ろしくて、諌田看守の言葉が終わる前に向きを変える。  100%の電撃を避けたい一心で、羞恥も屈辱も飲み込み、肛門の器具と壁のノズルを接続しようと試みる。  それは恐怖に支配されているからというだけでなく、心を少しずつ変えられてきたからだろう。  特殊囚衣、特に排泄管理器具の装着で排泄も管理されるのだと諦めさせられ、実際に強制的に排尿させられ、懲罰への恐怖も相まって、女性がもっとも秘しておくべき排便の管理をも受け入れた。  ともあれ、そのときの私には自分の心の動きを振り返る余裕もなく、ただただ必死に器具を接続しようと試みる。  カチリ。  ようやく接続に成功したとき覚えたのは、これから始まる強制排便への屈辱や羞恥ではなく、安堵のみ。  しかし、私を待ち受けていたのは、とうてい安堵していられない事態だった。  まず感じたのは、小水のときとは違う器具の振動。 「シュー(これは)……?」  食餌のときと同じだ。中にあるものが自然に出ているのではなく、外から注入されているのだ。  そうと気づいた直後、お腹が少しずつ張っていくのを感じた。 「シュー(まさか)……?」  お腹の中に、液体が注入されている。 「シュー(つまり)、シュー(これは)……」 「浣腸だ」  偶然か、あるいはこういうとき囚人がなにを口走るかわかっているのか。  理由はわからないが、私の吐息に応えるように、諌田看守が口を開いた。 「体温に近いぬるま湯で希釈したグリセリン溶液を注入している」 「シュー(そんな)ッ!?」  驚き声をあげても、やはり吐息にしかならない。  器具と壁のノズルがガッチリ噛み合っているから、強制浣腸から逃れることもできない。  そもそも懲罰を恐れる私は、逃げようと思うことすらできない。 「シュー(うう)……シュー(うう)……」  私にできるのは、吐息でうめきながら、浣腸液注入のおぞましさに耐えることのみ。  そして注入が続くうち、耐えなければならないのは、おぞましさだけではなくなってきた。 「シュー(お腹が)……」  苦しい。  注入量が多すぎる。  いったい、どれほど注入しようというのか。 「シュー(もしかして)……」  間違って規定量以上に注入されているのでないか。  浣腸といえば、薬局で売っているピンク色の小さな樹脂製容器に入っているものしか知らない私は、手違いか装置の故障を疑ってしまう。  だが、そうではなかった。 「現在、注入量は500ミリリットル。規定の1リットルまで、あと半分だ」 「シュ(えっ)!?」 「囚人に対する懲罰は、ディルドの電撃だけではない。日課である浣腸が、懲罰として行なわれる場合もある。その際の注入量は、最大3リットルだ」  にわかには信じられなかった。  人のお腹に3リットルもの浣腸液を注入したら、ただでは済まないだろう。  だが、それは懲罰として行なわれる行為なのだ。膣への100%電撃同様、ただでは済まないからこその懲罰なのだ。  そして、ただでは済まない懲罰は、ほかにもある。 「懲罰には、こんなものもあるぞ」  諌田看守の声が聞こえた直後、息ができなくなった。 「マスクの呼吸孔を閉鎖した」 「……(そんな)ッ!?」  諌田看守の言葉が正しいと証明するように、思わずあげた声は、もう吐息にすらならなかった。 「……ッ!? ……ッ!?」  生命の危機。それをはっきりと認識したところで、呼吸が回復する。 「シュー、シュー、シュー……」  空気を求めて呼吸し、ようやく回復したところで、浣腸液の注入が終わった。 「懲罰の浣腸なら薬液がもたらす排泄欲求に何時間も耐えさせるところだが、これは日課の浣腸だ。腸のぜん動が確認された時点で排泄させてやる」  そしてそれは、すでに起こっていたのだろう。  器具のかすかな振動とともに、苦しかったお腹が楽になっていく。  排尿と同じように排泄の実感はないが、このたびは苦痛からの解放と安堵がある。  そうして強制排便を終え、私は器具の接続から解放された。  ディルド電撃に加え、超大量浣腸と呼吸禁止の懲罰への恐怖も植えつけられて。  中途の水分補給と排尿。それから昼の食餌と排尿を終えたところで、美濃山主任看守の声が聞こえた。 「503、ドアの前に立て」  ヨタヨタと立ち上がり、ドアの前まで来ると、クッション材が四角く切り欠かれた部分の蓋が開いた。 「両手を出せ」  言われたとおり切り欠きの穴から手を出すと、ミトンの手枷部分に鎖をつながれた。  床近くの切り欠きも開かれ、足枷も鎖でつながれた。  昨夜、処置室から独房まで連行されたときと逆の手順。  これからどこかに連れ出されるのか。その説明もないまま、ドアが開かれると、美濃山主任看守が首輪にも鎖をつないだ。 「出ろ」  どこに行くのか気になるが、訊ねることはできない。抵抗なんて、もってのほか。 「歩け」  首輪の鎖を引く美濃山主任看守に命じられるまま、独房から通路へと引き出される。  正確な時刻はわからないが、おそらく正午を少しばかり過ぎた頃。昨夜と違い、強化ガラスの窓の向こうは明るい。外の陽光に合わせてか、バイザーの透明度はかなり落とされている。  チラリと外を見ると、この施設が通常の刑務所とは様子が違うことがわかった。 (まるで……)  校舎から、学校の校庭を見ているような――。  漠然と思ったところで、警備員の詰め所が追加で建てられただけの校門にしか見えない門の前に、大勢の人が集まっているのが見えた。 (あの人たちは……)  なんなのだろう。  ふと気になるが、その頃からディルドを挿入固定された膣に快感が生まれ始め、気に留めていられなくなった。  チャリ、チャリ……。  鎖の音を鳴らしながら、通路突き当たりのエレベーターに向かって引かれるうち、快感は少しずつ大きくなっていく。 「シュ、シュ、シュ……」  そのせいで、鼻のチューブからマスクの通気孔に抜ける吐息が、短く早くなる。  それは、呼吸を制限された状態で、短い鎖で歩幅を制限されて連行されているからでもある。  チャリ、チャリ……。  鎖を鳴らしながら、ヨチヨチ歩かされる。 「シュ、シュ、シュ……」  吐息を漏らしながら、連行される。  やがて、エレベーター。  3階から1階に下りる短い時間では、ディルドの快感は冷めなかった。荒くなった呼吸も回復しなかった。  チャリ、チャリ……。  鎖を鳴らして、タッチパネルのセキュリティつきドア。それを抜けてさらに進む。 「シュ、シュ、シュ……」  少しずつ、呼吸が苦しくなってくる。 「シュ(あっ)、シュ(あっ)……」  ディルドの快感が大きくなり、肉が熱くなってくる。  せめてもの救いは、肛門の器具の違和感が、昨夜より弱くなっていること。  とはいえそれは、完全管理・制御の装具に慣れつつあるということでもある。 (私は……)  これから、もっともっと馴らされていくのだろうか。  ミトンの手では、なにも持てないことにも。声帯をチューブでバイパスされ、喋れないことにも。自力では決して脱げない特殊囚衣で、五感を制御されることにも。食餌や排泄、呼吸までをも管理されることにも。  私は慣れ、当然のこととして受け入れてしまうのだろうか。  そうなったほうが、私自身は楽なのだろう。  だが同時に、不安もある。  慣れてしまうと、馴らされてしまうと、拘束や管理と制御なしに生きていけなくなるのではないか。  そんなことを漠然と考えていると、美濃山主任看守に首輪の鎖をぐいっと引かれた。 「なにを考えている? 歩きがおろそかになっているぞ」  そして同時に、膣にビリッとごく弱い電気。 「シュ(ひっ)!?」  電撃の懲罰を思い出し、慌てて歩行のペースを戻す。  チャリ、チャリ……。  鎖を鳴らして。 「シュ、シュ、シュ……」  呼吸を荒らげて。 「シュ(あっ)、シュ(あっ)……」  吐息で喘ぎながら。  処置室の前を通過し、学校の校舎のものに酷似した玄関。 (そういえば……)  窓からチラリと見た景色や玄関のみならず、建物の自体が校舎に似ている。  長い直線的な廊下の片側に部屋が並ぶ構造は、校舎以外ではあまり見ない。  そこで、再びビリッ警告のごく軽い電撃。  また、歩行が緩慢になりかけていたのか。  思考を中断し、今度こそ歩くことに集中する。  だが、警告の電撃は止まらなかった。  ビリッ、ビリッ……。  電撃とは呼べないほどの弱い電気が、絶えずディルドに流される。  ビリッ、ビリッ、ビリッ……。  息を吸って吐くほどのペースで。  ビリッ、ビリッ、ビリッ……。  そのリズミカルな弱い電気が、ディルドが振動しているかのような錯覚を生む。 「シュ(あっ)、シュ(あっ)、シュ(あっ)……」  その錯覚が膣の快感を増大させ、吐息の喘ぎ声を大きくさせる。 「気持ちいいか?」  そこで、美濃山主任看守に声をかけられた。  喘ぎ声を聞かれたかと思ってドキリとするが、そうではなかった。 「本来は懲罰用の電撃機能だが、こういう使い方をすれば、ディルドが振動しているように感じるだろう?」  つまり、そうすれば拘束女囚が気持ちよくなるとわかっていて、美濃山主任看守はやっているのだ。 「シュ、シュ、シュ……」  ますます、快感が大きくなる。 「シュ、シュ、シュ……」  喘ぎ声を抑えて、呼吸を荒らげる。  だがすぐ、吐息の艶声をあげてしまう。 「シュ(あっ)、シュ(あっ)、シュ(あっ)……」  漏らした声が吐息にしかならないのをいいことに、快感に応えて喘ぐ。  気持ちよくなることがわかっているということは、私が快感に喘いでいることも美濃山主任看守に伝わっているということ。  だが、それに気づけないほどに、私は高められてしまった。  拘束されているうえ完全管理・制御された状況で、玄関を出て野外を歩かされるながら、性感を高める異常性に思い至れず。  いや、もし思い至れていたとしても、肉の昂ぶりを抑えることはできなかっただろう。  ディルドとディルドの電気の刺激がもたらす昂ぶりは、オンナの肉の性質に由来するものなのだから。  そう考え、昂ぶり高まる自分に言いわけしながら、私は歩かされる。  校舎に酷似した建物から、多くの人が集まる門のほうに向かって。  どれほど肉が昂ぶっていても、性感を高められていようとも、私の状態は誰にも悟られないと思い込みながら。  そして、脇に警備員の詰め所が増築されただけの、校門にしか見えない門を出て集まった人々の前へ。  そこでようやく、集まっているのが報道陣だということに、私は気づいた。  門を出たところで、鳴り響くスチールカメラのシャッター音。VTRカメラの前で、なにごとが喋り始めるレポーター陣。  足がすくんでしまうが、美濃山主任看守は許してくれなかった。  首輪の鎖を引かれ、報道陣の前に引き出される。  何十の人の目に、カメラの向こうの何百万、いや何千万の人の目に、私の特殊囚衣姿が晒されている。  あらかじめ取り決めがあったのか、警備員の制止の賜物か、誰ひとりとして規制線を超えて近づこうとしないのが、せめてもの救い。 (それに……)  特殊囚衣のヘルメット、そのバイザーは今、不透明度が高く設定されている。私の顔は見えないし、私の身分を表わすのは、503という番号のみ。  特殊囚衣に閉じ込められた囚人が、私であるとは誰にも知られないだろう。  しかしその思惑は、あっさり打ち砕かれた。 「こちらが昨日、当特殊刑務所に収監された囚人503こと、岬 玖美子です」  あろうことか、美濃山主任看守が私の本名を口にした。 「この岬 玖美子は、禁止薬物の所持で逮捕され……」  本名のみならず、私の罪状までも明かした。 「シュー(ああ)……」  これで、終わりだ。  本名と罪状があきらかになれば、囚人503の素性がわかる。  新聞の紙面、あるいはテレビの画面を通して、憐れでみじめな特殊刑務所の拘束女囚が、私であると全国津々浦々にまで知られる。  そうと自覚し、愕然とする私をよそに、美濃山主任看守は報道陣向けの説明を続ける。 「見てのとおり、当特殊刑務所は統合され廃校となった学校の校舎を、改装して使用しています。はじめから刑務所として設計された建物でなくても、この特殊囚衣があれば、岬 玖美子のような凶悪重犯罪者も安全に収容できるのです」  美濃山主任看守による、報道陣向けの特殊刑務所についての説明は、もううわの空だった。 「既存の建物を利用することにより、刑務所新設の費用は……」  特殊刑務所のメリットを説くあいだにも、私のお股ではディルドが弱い電気を流し続けていた。  ビリッ、ビリッ……。  電撃とは呼べないほどの弱い電気が、ディルドが振動しているような錯覚を生み続けていた。  ビリッ、ビリッ、ビリッ……。  その刺激が、精神状態の如何にかかわらず、私の肉を昂ぶらせていた。 「シュ(あっ)、シュ(あっ)、シュ(あっ)……」  無数のカメラの前で、性感を高められる。 「シュ(あっ)、シュ(あっ)、シュ(あっ)……」  高められて、吐息で喘がされる。  紙面や画面ごしではあっても、何百万何千万という人の前で、憐れでみじめな拘束女囚503が私だと公開される絶望のなかで、あさましく破廉恥な状態に陥らされる。  そこで諌田看守が、私の死角で携帯端末の画面をチラリと見た。  そのうえで、私が気づかないように、美濃山看守に目配せした。  私の体温・血圧・脈拍・呼吸数など身体データは、看守ひとりひとりが持つ携帯端末に送られている。  それらデータを端末に搭載されたAIが判断し、私がどういう状態にあるのか、画面を見ればひと目でわかる。  それで、諌田看守は私の性感が充分に高まっていると察知し、ディルドの電気を操る美濃山主任看守に合図したのだ。  とはいえ、それは私の預かり知らぬこと。  私が感じたのは、ディルドの振動――ほんとうは微弱な電気――が早くなったことだけ。  振動が早くなり、強くなった刺激が、私の肉をますます昂ぶらせる。  肉を昂ぶらされ、いっそう性感を高められる。  いやだ。いやだ。  衆目に晒されながら、性感を高められるなんて。 (でも……)  気持ちいい。気持ちいい。  襲いくる快感を、止めることはできない。  どれほど憐れでみじめでも、どんなに絶望していても、快楽には抗えない。  特殊囚衣に囚われて、美濃山主任看守や諌田看守に逆らえないのと同じように――。  そこで、なにかが来た。  いや、私がたどり着いたと言うべきか。  特殊囚衣に閉じ込められた身体が、ビクッと震える。  一瞬、ガクッと力が抜ける。 「シュシュー(あぁああア)ッ!」  ひときわ高く、吐息で喘いでしまう。  だが、脇を美濃山主任看守と諌田看守に支えられ、地面に膝をつくことはなかった。  悦びの声は、ため息程度の音にしかならなかった。  離れた場所にいる報道陣には、私が一瞬脱力したことは気取られていないだろう。ため息程度の艶声は、マイクにも入っていないに違いない。  私が小さな性の頂に達したことは、いわゆる軽くイッた状態に陥ったことは、私自身とふたりの看守以外は知らない。  そのことにも特殊刑務所の拘束女囚の立場を、私は思い知らされた。  絶頂後も止まらないディルドの刺激に翻弄されながら。  1年後、私は釈放された。  釈放後は世間の好奇の視線を避けるため、特殊刑務所の運営法人により仮の名前を与えられ、関連会社の職に就き、いち市民として暮らしている。  それは、強制されてのことではなかった。  刑期を終えた元囚人・岬 玖美子として、ふつうに釈放される道も提示されたが、私はそちらを選んだ。  その理由は、自分でもよくわからない。  あの日――特殊囚衣姿で報道陣の前に引き出され、晒し者にされた日――から、まだたった1年。拘束女囚503こと岬 玖美子のその後に興味津々な世間の好奇の目を避けるためはもちろんだが、ほかにも私の内面に理由がある気がする。  提示された職場が、特殊刑務所と無関係なところなら、申し出を受けなかったようにも思える。  ともあれ、いち会社員として平穏な暮らしを送っていた私の元にある日、特殊刑務所から親書が届いた。  なにごとかと思いながら封を切ると、それは特殊囚衣の長期連用試験の被験者への誘いだった。  特殊刑務所社会実験の期間は、基本的に1年間。それ以上の期間の連用データがないことが、正式採用のネックになっているようだ。  その文書を読むうち、特殊囚衣に囚われて過ごした日々の記憶が蘇ってきた。自由を奪われ、すべてを管理・制御され、支配された拘束女囚の記憶が。 (もし……)  誘いを受ければ、みじめで憐れな身の上に逆戻り。  ふつうなら、不参加の返信をするか、そのままゴミ箱に捨てるところだ。 (でも……)  私はすぐにそうすることができず、いつまでも震える手で試験参加の申し込み書を手にしていた。 (了)

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