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 私、岬 玖美子《みさき くみこ》が特殊刑務所に収監されてから、どれほどの時間《とき》が過ぎただろう。  五感と食餌、排泄、呼吸に至るまで、身体機能のすべてを管理・制御された身では、時間の経過がわからない。  はじめのうちは睡眠時間の回数で日にちを数えていたが、そのサイクルが24時間ごとではないかもしれないと思い始めると、数える意味がなくなった。  それ以来、管理され制御されながら、ただ日々を送っている。  そう、私の肉体は着つけられた特殊囚衣により、常時かつ完全な管理・制御下に置かれている。  肌にみっちりと貼りつき軽く締めつける特殊スーツは、私の首から下を覆いつくしている。  その質感は一見、光沢剤を塗り込めたラバーにも似ているが、それは外観上だけのこと。スーツの素材はラバーと違い最低限の通気性が確保されているし、高い防刃性能も備えられているのだ。  とはいえ、それは着用者たる私の快適性や安全性のためではない。  通気性が確保されているのは長時間、具体的には眠らされた状態で身体の清掃をされるとき以外、着させたままにしておくため。防刃性能は刃物を使って切り裂くことを不可能にするため。  そのうえで、足には足枷一体式の超ハイヒールブーツを履かされ、手にはクッション材が仕込まれた手枷つき拘束ミトンを嵌められた状態。  さすがに歩くことくらいは可能だが、全速力で走ったり、長時間の移動はできない。指を使っての細かい作業はもちろん、なにかを握ってつかむことすら困難だ。  それだけでも充分、みじめさでお腹いっぱいという感じなのに、特殊囚衣にはさらなる残酷なしかけが施されている。  まず、2色に色分けされた白の部分。その表面はきわめて高性能な蓄光処理がなされ、暗闇のなかで発光する。つまり、夜闇に紛れての脱走は無理というわけだ。  だが、それはまだ序の口。特殊スーツのもっとも残酷な点は、金属製の股間パーツの奥にある。  まず、膣に挿入された金属製ディルド。それは私のオンナの場所を常に刺激しているだけではない。反抗的とみなされたとき、看守が携行する管理端末により、懲罰の電撃を加えることもできるのだ。  電撃機能は、出力を調整することで合図やその他の目的にも使われるが、私を恐怖で支配するのは懲罰電撃だった。  さらに、尿道と肛門に挿入され、みっちりと塞いで密封するふたつの排泄管理器具。これにより、私は自由に排泄することすらできなくされている。  とはいえ、このスーツは、特殊囚衣の一部でしかない。  スーツの首輪部分に接続される3分割の特殊樹脂製頭部パーツ、通称ヘルメットは、スーツと同等かそれ以上に残酷だ。  まず、耳から後頭部にかけての下部後半パーツ。一見樹脂製のイヤーマフ、あるいはヘッドフォンにも見える部分が、聴覚制御装置になっている。  これにより、私は基本的に外部の音を聞くことができなくされているうえ、耳孔内に挿入されたイヤホンで、看守が聞かせたい音だけ強制的に聞かされる。  さらに、口と鼻を覆う下部前半のマスクパーツ。その奥で鼻孔のチューブは気道に、付属のマウスピースで固定された口に挿入されたホースは食道に、それぞれ挿管されたうえで、隙間を生体用パテで埋められている。  気道のチューブは声帯より奥に達しているため、声はまったく出せないし、匂いも感じない。食道のホースは食餌と水分補給用だが、流し込まれたものが舌の上を通過しないので、味を感じることはない。  後頭部から目の上にかけての上部パーツは、バイザーと呼ばれている。  看守の端末操作で完全遮光から色つき眼鏡レンズ程度まで、無段階で透明度を変化させられるうえ、内部に仕込まれた至近距離モニターにより、任意の映像を見せることもできる。  こんな悲惨な状況がいつまで続くのか、私にはわからない。  刑期はあらかじめ告げられているが、今日が何日めかわからないのでは、それは永遠にも等しい。  もしかしたら、私が釈放されることは、二度とないのではないか。  そんな恐怖――もしかしたら、その感情は恐怖だけではないのかもしれない――にも囚われながら、私は生きて、いや生かされている。  自由を奪われ、生殺与奪の全権を看守に握られて、特殊刑務所の拘束女囚として――。 前編  ことの始まりは、大学の同級生にもらった、某大手飲料メーカーの試作品だというエナジードリンクだった。  このドリンクに、禁止薬物の成分が含まれていたのだ。  もちろん、大手飲料メーカーが、そんなものを作るわけがない。同級生が、私を騙したとも思えない。  昨年罰則が大いに強化されるとともに、これまで許されなかった捜査手法が認められた新薬物法により、追い込まれた密売組織が、薬物をエナジードリンクに偽装したのだ。  はじめ、善意を装ってプレゼントし、中毒に陥らせてから高額で売りさばく。  その密売の罠に、私は嵌められた。  中毒に陥るには至らなかったものの、捜査機関による大がかりな摘発に巻き込まれ、私は違法薬物の所持で逮捕されてしまった。  まだ飲んでいなかったため、使用の罪には問われなかったが、現在は単純所持だけでもきわめて重い罪が課せられる。 「新薬物法では単純所持でも最大刑は懲役20年。岬さんの場合は情状酌量による減刑があるでしょうが、それでも15年程度の刑期は覚悟したほうがいいでしょう」  接見の折、事務的な口調で告げられた弁護士の言葉は、私を絶望させた。  司法省の役人が私に面会を求めてきたのは、その頃だった。 「新たに導入される特殊刑務所制度の社会実験に参加しませんか? もし参加に同意してくれれば、刑期は1年に短縮されますよ」  新薬物法の施行により、捜査機関の取り締まりが強化され、逮捕される者が増えた。しかも厳罰化もされているから、増加した犯罪者の懲役は長くなっている。 「このままでは、通常の刑務所が定員オーバーになることは明白です。そこで司法省では、より効果的な矯正を行なうことにより刑期の短縮ができないかと、民間と協力して試験的に特殊刑務所制度の導入を決定しました」 「その制度の実験に、参加すれば……」 「はい、最大20年の岬さんの刑期が、わずか1年に短縮されます」  その言葉は、絶望していた私の心に差した、ひと筋の光明になった。 「ただし、特殊刑務所制度は、現在の法体系を逸脱しています。そのため、1年間限定で、基本的人権の制限に同意していただかねばなりません」  続く言葉は、もう私の耳には入っていなかった。  下ろされた蜘蛛の糸にすがりつく亡者のように、私は唯一の希望に飛びついた。  それが、どんな結果を私にもたらすかを、深く考えもせず。 「それでは、こちらの書類に署名してください」  細かい文字がびっしり書かれた書類をよく読まないままサインして。 「これで手続きは完了です。明日、岬さんは特殊刑務所に収監され、1年の特殊刑に服すことになります」  残酷な処刑の宣告を、救いの言葉として聞いた。 「ぅ、ん……」  低くうめいて、私は目覚めた。 「ここは……?」  わからない。病院の処置室のような場所だが、それがどこなのかは不明。 「私は……?」  ここで、なにをしているのか。  どうして、椅子に座った状態で眠っていたのか。  たしか、特殊刑務所からの迎えだというふたり組みの大柄な女が現われて、そのうちのひとりに、腰のあたりになにかを押し当てられて――。  そこで、ハッとした。  押し当てられたものは、おそらくスタンガンだ。  それで昏倒させられ、意識を失なっているあいだに、ここに連れてこられたのだ。 「つまり、ここは……」  特殊刑務所の施設内。  そうと理解したところで、白衣の看護師が私の顔を覗き込んだ。  その口が、なにかを話しているように動く。  しかし、声は聞こえなかった。  直後、もうひとりの女性が私の視界に入る。  服装からして、おそらく医師だ。だがその人の声も、私の耳には届かない。  そのことに気づいたのだろう。女性医師が看護師になにごとか告げた。  直後、聴覚が復活する。 「聞こえてる?」  女医の言葉に頷こうとして、私は自分の身体の異常に気づいた。  うなずこうとしたのに、首を縦に振ることができなかったのだ。  いや、うなずけないだけではない。首を横にも回せない。首のみならず、腕も、脚も、私の身体のなかで、動かせる場所はどこにもなかった。 「ど、どうして……?」 「拘束させてらっています」  私の疑問に、女医が答えた。  その時点になり、ようやく私は、椅子に縛りつけられていることに気づいた。  胴体は胸の膨らみの上下とお腹で背もたれに。腕は手首と肘の少し下あたりで肘かけに。太ももを2か所座面に。座面とつながった足乗せ部分に脛と足首を。さらに、ヘッドレストに額を。  身体各所を厳重に、ベルトで縫いつけられていた。  そのことに気づき、愕然とする私に、女医が冷たく言い放つ。 「ほんとうは、眠らせたまま処置を終えたほうが私も楽なのですが、規則で覚醒させてから処置を完成させるよう決められているのです」 「しょ、処置……って?」 「特殊刑務所の入所前処置。具体的には、あなたを完全管理・制御するための処置ですよ」 「か……完全管理、制御って、どういう……?」 「文字どおりの意味です。岬さん、あなたはこれから1年間、すべての身体機能を完全に管理・制御されて懲役生活を送ることになります」 「ひ……ひどい! ひどすぎます!」 「おかしいですね。あなたは同意書にサインしているはすですが?」  女医に告げられて、役人に言われるまま、よく読まずにサインした書類を思い出した。  見ているだけで頭が痛くなりそうな小さな文字で書かれた書類に、そのことが書かれていたのだ。 「そ、そんな……」  そうと知り、もう一度愕然とした私に見せつけるように、女医が中央部が円形に切り欠かれたマウスピースが取りつけられた、金属製の器具を手に取った。 「お喋りの時間は、もう終わりです」  そしてそう言うと、なおも訊ねようとした私の口に、マウスピースつき器具をねじ込んだ。 「あうッ!? おぇあ(これは)……ッ!?」 「これは開口を強制するための器具、開口器。処置の準備のため、一時的に装着するものです」  そう言うあいだにも、女医は器具側面のねじを巻き始めていた。 「ぃあ(いや)ぁ、ぃあぁ……」  拒絶は聞き入れられず、開口器のねじが巻かれていく。  器具のマウスピースが歯をガッチリと捕らえ、口が無理やり開かされる。 「おぇあぃ(お願い)、あぇえ(やめて)ッ!」  懇願も虚しく、開口を強制されていく。  器具の力に抗うことはできない。厳重に拘束された身では、振り払い逃げることも不可能。  無力な私にできたのは、ただうめきながら口を開かされていくことのみ。 「ぁあぁあぁ……」  そして、私の口から漏れる声が、意味不明な音声にしかならなくなった頃、ようやく女医が開口具を操る手を止めて宣告した。 「それでは、入所前処置を進めていきましょう」 「特殊囚衣の基本たるスーツは、すでに着つけられています。また、管理・制御の措置のうち、聴覚制御のパーツも、取りつけ済みです」  そのことは、もうわかっていた。  椅子に縛りつけられた身体は、オレンジ色と白に色分けされた素材にみっちりと覆われ、軽く締めつけられている。  後頭部と耳の回りにもなにかが貼りついている感触があるし、先ほどの経緯でも聴覚が制御されていることは理解した。 「これから行なうのは、発声および味覚と嗅覚の制御、並びに食餌と呼吸の管理の処置です」 「あ、ぇ(えっ)……?」  意味がわからず、訊き返そうとした声は、開口器のせいで言葉にならなかった。  そして、処置を拒む術《すべ》がないのは、開口器のときと同じ。  私が抗えないことを知ったうえで、女医が告げた。 「鼻腔と喉に、麻酔剤を塗布します」  そして薬品がまぶされた綿棒を看護師から受け取り、私の鼻孔に挿入する。 「ぁう……ッ!?」  思わずうめき声の悲鳴をあげてしまったが、痛いわけではなかった。ただ、恐ろしかっただけだ。 「ぁあ、ぁ……」  恐怖でうめく私の鼻腔と喉に麻酔剤を塗り込め、次に女医が手にしたのは、ゴム製のチューブ。看護師の手で潤滑剤が塗り込まれたそれが、私の鼻孔に挿入された。 「ああ……ッ!?」  このたびも悲鳴をあげてしまったが、やはり痛くはない。鼻腔内を潤滑されたチューブが通過する異様な感触が、私に悲鳴をあげさせたのだ。  麻酔が効いていることに加え、女医の手技が卓越しているのだろう。チューブの先端はすぐ鼻腔から喉に到達、そのまま気道に挿管される。  まずは、右の鼻孔から1本。続いて、左の鼻孔から。2本のチューブを気道に挿管してから、続いてそれらより何倍も太いホース。  それを抵抗できない私の口から食道へと挿入して、女医が口を開いた。 「呼吸管理用チューブと、食餌管理用ホースの挿管が終わりました。これより、気道および食道の隙間を生体用パテで塞ぎます」  聞くだけで恐ろしい言葉。  しかし私はすでに、抗えないと諦めていた。  2本のチューブと気道、ホースと食道の隙間が、生体用パテで塞がれる。  そしてパテが硬化、剥がれなくなったことを確認してから、開口器のねじが逆に巻かれ始めた。  開口を強制されていた口が、ゆっくり閉じられていく。  マウスピース中央の丸い切り欠きに、ホースがぴったりと嵌まる。  そこで女医がレバーを操作すると、マウスピースを私の口中に残して、金属製開口器が抜き取られた。  もう、喋れなかった。  声を出そうとしても、チューブを空気が通過するシューという音にしかならなかった。  いや、それも骨伝導で私だけに聴こえているだけで、女医や看護師の耳には届いていないのかもしれない。  ホースとマウスピースで口に猿轡されたからではなく、声帯を震わせることができなくなったせいで。  ここにきて、女医の言葉を思い出した。 『発声および味覚と嗅覚の制御、並びに食餌と呼吸の管理』  まさに、そのとおりだ。  私は、完全に声を奪われた。鼻腔の匂いを感じる部分を空気が通過しないから、嗅覚は機能しない。同じ理由で、味覚も感じない。チューブをつままれれば呼吸が止められるし、第三者に液状のものをホースに流し込んでもらわなければ、なにも食べられない。  そうと思い知らされたところで、新たな器具が女医にわたされた。  口と鼻にあたる位置に、黒いフィルターのようなものが設えられたシルバーのマスク。  鈍い光沢を放つそれが、私の顔に近づけられる。鼻の2本のチューブと口のホースが、マスクの内側で黒い部分に接続される。 「呼吸のための空気の取り込み、食餌や水分補給は、今後このマスクを通して行なうことになります。ほかの管理・制御と併せ、このあと担当看守から説明がありますから、装着時の詳細な解説は省きます」  女医の言葉が終わった直後、カチリと硬いものどうしが噛み合う音。かすかな振動とともに、マスクがヘッドフォンのようなパーツに接続された。  これで、顔の下半分を樹脂製の装具で覆いつくされた。  とはいえ、まだ完全管理・制御と言える状態ではない。  管理・制御の処置を進めるため、女医が次なる装具を手に取る。  連携する看護師が、額をヘッドレストに縛りつけていたベルトを外す。 「視覚を制御するためのバイザーです。完全遮光から色つき眼鏡レンズ程度まで、無段階で透明度を変化させられるうえ、内部に仕込まれた至近距離モニターにより、任意の映像を見せることもできます」  現状ではサングラス程度の透明度になっているパーツを取りつけられると、視界がいくぶん暗くなった。  その視界のなかで、女医が小型のライトとカメラが取りつけられた保護メガネをかける。  そこで、視界が暗闇に閉ざされた。 「シュー……!?」  驚き、とまどいの声、いや吐息を漏らした直後、視界が回復する。  だがそれは、私自身の目で見ている光景ではなかった。 「私の保護メガネに取りつけたカメラで撮影した映像を、バイザー内のモニターに転送しています」  女医の言葉のとおり、視界に映るのはオレンジ色と白に色分けされたスーツと、ヘルメットのような頭部の装具を着けられ、椅子にベルトで縛りつけられた女性――私の姿。  その映像を見せられ、わかったことがあった。 (この椅子は……)  ほんとうは、椅子ではない。 (私が縛りつけられているのは……)  その正体に気づいたところで、女医の手が椅子のスイッチを操作した。  直後、背もたれが倒れ始める。それと連動するように、座面と足乗せがせり上がりながら左右に分かれ、開いていく。 (やはり、これは……)  産婦人科の診察台だったのだ。  だがなぜ、私を診察台に縛りつけていたのか。そしてなにゆえ、今さら診察台を倒しながら開脚させているのか。  すでに私は、スーツを着つけられているのに。  その疑問の答えもまた、バイザー内側のモニターに映されていた。 「シュ(ひっ)……!?」  私が声にならない悲鳴をあげてしまったのは、開脚させられた脚のつけ根、股間部分が露出されていたからだ。  そして、これからそこに、装具をつけられることは明らか。 「シュー(いやぁ)、シュー(いやぁ)……」  しかし、拒絶の声は言葉にならない。言葉どころか、音にすらならない。  脚を閉じようとしても、拘束されて動かせない。足のみならず、身体のなかで私の意思で動かせる場所はどこもない。  股間への処置を拒む術は、私にはない。  モニターの視界のなかで、女医の手が塗布式麻酔剤に浸した綿棒を、私の股間に近づける。  彼女が顔を近づけたからだろう、私の股間が、かつて見たことのない角度でアップになる。 (ほんとうに、これは……)  私のものなのだろうか。  一瞬疑いを抱いてしまうが、見せられているのがまぎれもなく私の股間なのだと、すぐ認識させられた。  モニターの視界のなかで、綿棒の先端が性器の直上に触れると同時に、私の同じ場所にも冷たいものが当たる感触。 「シュ(ひっ)……」  再び短く悲鳴をあげたのは、ただ驚いただけではない。そこが、おしっこを排泄するための穴だったからだ。 「シュー(どうして)……」  そんなところに麻酔剤を塗るのか。  一瞬とまどい、ふと気づく。 『あなたはこれから1年間、すべての身体機能を完全に管理・制御されて……』  つまり、排泄という身体機能も管理されるのだ。呼吸や食餌が管理されたように。視覚・聴覚・味覚・嗅覚が制御されたように。 「シュー(そんなの)……」  いやだ。  だが、そうと告げることはできなかった。抗うこともできなかった。  いや、拒絶しても声は言葉にならないと、抵抗は不可能と思い知らされていたせいで、私は拒み抗おうともしなかった。  ある種の諦観に囚われた私の尿道口に、両端に金具が取りつけられたチューブが挿入される。  チューブに塗り込められた潤滑剤と麻酔のおかげで、まったく痛くない。  だが、液体しか通過したことのない場所を、チューブに占拠されていく感触は異様なもの。 「シュ(あっ)シュ(あっ)シュ(あっ)……」  猛烈な違和感に吐息を漏らし、肘かけに縛りつけられた手をぎゅっと握り――。  そこで、手を握れていないことに気づいた。  正確には、身体は握ろうとしているのに、握っている感覚がない。 (こ、これは……)  まるでぶ厚いクッション材が仕込まれたミトンを嵌められているように、指の動きを制限されている。 (だとすれば……)  身体を診察台に縫いつけるベルトを解かれても、手の自由は戻らないのではないか。  そうと知り、また愕然とさせられたところで、チューブの侵入が止まった。 「チューブ先端が膀胱に到達しました。これより非刺激性の樹脂でバルーンを膨張させることにより、チューブを固定。かつ隙間を塞いで漏れなくします」  その処置をされているあいだに、看護師が次の準備をしていたのだろう。  股間から手が離れたあと、尿道口から顔を出したチューブ先端の金具を呆然と見ていると、再びモニターの視界に現われた女医の手には、再び綿棒があった。  麻酔剤を浸した綿棒が、肛門のすぐ横に触れる。  そのさまを見せられながら、同じ場所に冷たい液体が塗り込められる感触。  その異様な感覚にも耐えていると、次に女医は注射器を手にした。 「肛門括約筋に、弛緩剤を注射します」 「シュ(えっ)……?」  女医の声にとまどいの吐息を漏らしたとき、肛門回りの肉にプツリとなにかが刺さる感覚。  同時に注射針が刺されたことを、モニターの視界でも確認させられる。  しかし、麻酔剤のおかげで痛くないのは、尿道へのチューブ挿入のときと同じ。  プツリ、プツリと何度か針を刺されても、それは変わらない。  そして注射を終えると、女医の手には新たな装具があった。  3分割された黒いゴムに覆われた、直径5センチ以上ありそうな金属製の筒。 「肛門用の排泄管理器具。これを、あなたの肛門に挿入固定します」 「シュ(そ)、シュー(そんなの)……」  入るわけがない。もし入れられたら、肛門が壊れてしまう。  反射的にそう思ったのは、器具が巨大すぎるから。  その私の反応を予想していたかのように、女医が口を開いた。 「心配ありません。人の肛門は括約筋を弛緩させれば、直径10センチ程度まで拡がります。個人差はありますが、この器具程度は楽に挿入できます」  にわかには信じられなかった。  だが、その言葉が正しかったのだと、私はすぐにわが身をもって認識させられる。  潤滑剤を塗り込めた巨大な器具が、肛門に押し当てられた。  女医が潤滑剤を肛門に馴染ませるよう、器具を左右に回した直後――。 「シューッ!?」  肛門が、器具にこじ開けられた。 「シュシューッ!」  こじ開けられた肛門に、巨大な異物が侵入してくる。  猛烈な圧迫感。だが、痛くない。麻酔で痛みが抑えられているのではなく、はじめから痛んでいない。  バイザー内側のモニターには、私の肛門を押し拡げ占拠する巨大な器具。  そこに、尿道のチューブの固定にも使われた樹脂注入用ポンプが接続される。  モニターのなかで小型ポンプに電源が入れられた直後から、猛烈な圧迫感がますます強くなる。  まずは、括約筋の向こう。3分割されたゴムのうち、お腹の中の部分が膨らまされた。  続いて、括約筋の外側。最後に、両端のバルーンで挟み込まれた括約筋部分。  3つの樹脂注入式バルーンで器具を完全固定し、女医が宣言した。 「排泄管理のための処置は終わりました。最後に、股間カバーを装着します。」  言いながら女医が手にしたのは、ショーツのクロッチ部分を切り取ったような形状の、金属製パーツ。  ただその外側には、前面に小型のノズル、後面には肛門器具の直径と同じくらいの円形の切り欠きが。内側には、先端を丸めた金属製の棒が取りつけられている。 「これは、矯正ディルドです。囚人として従順であるかぎり、ただ膣内でじっとしているだけですから、安心してください」  そんなものを膣に挿入固定されて、なにを安心しろというのだろう。  しかし、数々の残酷な処置を施されてきた私にはもう、拒絶や抵抗を試みる気力すら残っていなかった。 「処女でないことは確認済みですので、このたびは鎮痛の処置をいたしません」  そう言ったあと、潤滑剤を塗り込められたディルドが、私の入り口に押し当てられた。  直後、あっけない挿入。  もともと滑らかに仕上げられているうえ、充分に潤滑されたディルドが、ズブズブと侵入してくる。  その挿入行為に、快感になる寸前の妖しい感覚が膣に生まれかける。  それは、当然の生体反応。否も応もなく、オンナの肉体はそうなるよう作られている。 (で、でも……)  いやだ。  五感すべてを制御され、生きていくのに必要な身体機能すべてを制御され、声も自由も奪われて、受刑者として暮らすのはいやだ。  そのうえで、膣内のディルドが生む緩い快感に苛まれ続けるのは、もっといやだ。  でも、拒めない。抗えない。逆らえない。  私にできるのは、みじめで残酷な運命を受け入れることのみ。  カチリ。  尿道チューブ先端の金具が、ノズルに接続された。  カチリ。  続いて肛門の器具が、円形の切り欠きに固定された。  同時に、ディルドの侵入が止まる。 「これで、すべての入所前処置が完了しました」  そう言われると同時に、モニターが切られ、代わりにバイザーの透明度がサングラス程度に戻された。  そのやや暗い視界のなかで、女医が看護師に目配せした直後。 「入所前処置が終了しました」  看護師がここにいない誰かに報告する声が聞こえた。  私をさらにみじめで残酷な境遇に陥らせる人物を呼ぶ声が。  診察台を椅子に戻されてベルトの拘束を解かれ、現われた女のうちのひとりに立たされる。  そこでようやく、特殊囚衣の足元が超ハイヒールのブーツになっていることに気づいた。 「特殊刑務所第5房主任看守の美濃山由紀《みのやま ゆき》だ。こちらは、担当看守の諌田聡美《いさだ さとみ》」  看護師に呼ばれて現われた女が、私を立たせた女を紹介した。  共通の意匠のスーツの袖のラインとボタン、ネームプレートの色が違うのは、主任看守と看守という階級の違いか。  いずれも履いているのは平均的なヒール高のパンプスなのに、10センチ以上の超ハイヒールの私より頭半分ほど背が高い。  諌田看守のほうがさらに数センチ長身だが、横に広いのは美濃山主任看守のほう。ただしどちらも、スーツの上からでもしっかり筋肉がついた身体つきだとわかる。 「もう声は出せないだろうから、肯定のときは首を縦に、否定のときは横に振れ。わかったか?」  そう言われて小さくうなずくと、美濃山主任看守が、あらためて口を開いた。 「岬 玖美子。本籍地は――、住所は――、間違いないな?」  その言葉にもうなずくと、美濃山主任看守が、スーツの内ポケットからスマホ状の携帯端末を取り出した。 「それでは、岬 玖美子を、正式に特殊刑務所第5房3人めの拘束女囚として収監する」  そしてそう宣言し、端末を操作すると、サングラス程度の透明度のバイザーに3桁の数字が浮かびあがった。 (503……?)  裏から見ているのですぐ読めずにいるうち、スーツのお腹と両腕にも。 「その番号が、おまえの囚人番号だ。今この瞬間から矯正を完了して出所するまで、おまえは503と呼ばれる」  つまり、第5房の3番めの囚人という意味だろうか。そもそも、第5房はほかの房と違うのか。  そのあたりの説明がまったくないまま、諌田看守の手で、両手のミトンの手首部分に設えられていた金属製リングどうしを短い鎖でつながれた。  同じ鎖で、履かされた超ハイヒールブーツの足枷部分のリングも留められた。  そうして諌田看守が私を拘束したところで、美濃山主任看守が手足のものより倍以上長い鎖を取り出した。  そしてそれを、スーツの首輪部分に設えられていた金具につなぐ。 「それでは、第5房まで連行して収監する」  そう宣言し、首輪につないだ鎖をぐいっと引き、美濃山主任看守が私に命じた。 「歩け」

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