小説 ポニーガールの国 2章 (Pixiv Fanbox)
Published:
2020-02-21 12:41:36
Edited:
2023-01-04 23:08:13
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※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体等とはいっさい関係ありません。
2章 管理と支配
「どうしよう……」
鏡の前に立ち、自らの首輪に触れてみる。
上質な革の首輪は、被装着者のデリケートな肌に負担をかけないよう、最大限の配慮かがなされている。
ただし、その装着感とは裏腹、見た目はきわめて武骨なもの。とうていアクセサリーのチョーカーなどという言いわけは通用しそうにない。
幅が広く、顎のすぐ下にまで達する首輪は、ブラウスの襟では隠せない。タートルネックセーターならなんとか隠せるだろうが、今は春、冬用セーターではかえって人目を引く。それは怪我等を装って、包帯などを巻いても同じこと。
パンクロック調のファッションなら雰囲気でごまかせるかもしれないが、あいにく那月はそんなアイテムを持ち合わせていない。
そして、フレデリカの手で嵌められた首輪――那月が彼女の奴隷であることを知らしめる装具は、首のうしろで施錠され、けっして外すことはできない。
「すでに、私は……」
フレデリカに支配されている。
そう実感したところで、ズクンときた。
身体の芯で消えない火照りが強くなり、女の子の場所に熱いものがジュンと染み出した。
その熱が下りてきたところで、貞操帯に封印された女の子の肉が疼く。
「んふ……」
甘い吐息が鼻に抜け、鏡の中の那月が蕩ける。
「どうして……」
自分はこうなってしまうのだろう。
首輪の支配を意識してしまうだけで、性的に高まる兆候を見せてしまう理由がわからない。
実のところ、それはフレデリカが見抜いていたとおり、那月が被虐性癖者《マゾヒスト》だからである。
同時に被虐性癖者の本能が、フレデリカに加虐性癖者《サディスト》の本質を見いだしているからである。
生粋の被虐性癖者の那月が、首輪を介して加虐性癖者フレデリカの支配を実感しているのだ。精神と肉体が昂ぶらないわけがない。
だがこの時点ではまだ、那月に被虐性癖《マゾヒズム》の自覚はなかった。
それゆえ、性感が高まる理由がわからない。
とはいえ、理由はわからなくとも、那月の精神と肉体が昂ぶっているのは事実。
そして、昂ぶる那月の疼き火照る女の子の肉は、貞操帯によって封印されている。
フレデリカが那月に嵌めた貞操帯は、ウエストの細いところで締めるタイプではなく、腰骨の上端に引っかけて穿く、いわばヒップパングのショートパンツのような仕組み。
肉に強く食い込んでいるわけでもなく、そこに乗っかって腰周りから股間にかけて密着しているような感じ。
(もしかして……)
そのまま下にずらせば、脱げたりするんじゃないか。
そう思ってバスルームでシャワーを浴びながら試してみたが、それは無駄な足掻きだった。
貞操帯の横ベルトが引っかかっているのは、腰骨の出っ張った部分の上のほう。そこから下に向かって骨が広がるため、ずり下ろすことはできない。
もし骨に肉が巻くほど豊満な体型なら、肉に食い込ませながら下ろせたかもしれないが、那月は元陸上部のアスリート。その頃より身体のラインはいくぶん柔らかくなってはいるが、基本的にはスリムな体型。
そのためほんのわずか、数字にすると1センチに満たない程度にしか、貞操帯をずらすことはできなかった。
そして、貞操帯は南京錠で施錠されている。
鍵業者のようなピッキングの技術と道具があれば解錠できるだろうが、一介の大学1年生にすぎない那月が、そんなものを持っているわけがない。
加えて、貞操帯はきわめて堅牢。
触れてみた感じ、縁と内張りのゴムを除けば、金属板の厚みは3ミリ程度か。これだけの厚みのステンレススチールを切断することは、金属加工の専門家ではない那月には不可能。
那月にできたのは、貞操帯と皮膚のあいだにボディソープの泡を流し込み、それをシャワーの水流で洗い流すことだけ。
ひとまず貞操帯の中を清潔にはできたが、身をもって自力では外せないことを、あらためて思い知らされた。
鏡を見ながら、そのことを思い出したところで、ふと気になった。
(きちんと用は足せるの?)
たしかに、女の子の肉の位置に正確に合わせ、貞操帯本体には溝が切られている。その上に少し浮かせて取りつけられた板には、針で突いたような小さな排泄孔が無数に穿たれている。
構造的には、小水の排泄には問題ないように思われる。
しかし、実際にはまだ試していない。
(ちょっと溜まっているし……外でもよおす前に、ここで試しておいたほうがいいよね)
そう考えて、ユニットバス内の洋式便器に腰を下ろす。
準備が整ったところで膀胱の筋肉を緩めようとするが、すぐには排泄できなかった。
それは、貞操帯が股間にみっちりと貼りついているから。頭が排泄を促しても、股間がなにかに覆われているせいで、身体が拒んでいる感じ。
それでも座って待っていると、じんわりと尿道を液体が通過する感覚。直後、尿道から排泄された小水が、溝を通過し無数の小さな排泄孔で濾過されるように、チョロチョロと便器に落ちた。
無意識にセーブしてしまうのか、排泄の勢いはいつもより弱い。それゆえ、ふだんより時間がかかる。
そのせいだろう、すべて排泄し終えてからも、スッキリした感じはなかった。
とはいえ、それでも膀胱が空になった感覚はある。貞操帯を嵌められたままでも、大きな問題なく排泄できた。
それはおそらく、大きいほうも同じだろう。肛門をかわすように丸くくり抜かれた穴から、問題なく排泄できるに違いない。
そして、立ったり座ったり、歩いたり屈んだり。貞操帯を嵌めたままでも、通常の動作をふつうに行えることは、すでに確認済み。
「つまり、私は……」
日常生活にはなんら支障がない状態で、女の子の場所を封印されている。
フレデリカに、貞操を管理されている。
そう実感したところで、再びズクンときた。
火照りが治らない女の子の肉から、熱いなにかが蜜となり、貞操帯の中に溢れ出した。
それが貞操帯本体の溝からこぼれ、無数に穿たれた排泄孔から染み出す。
「な、なんで……」
そうなってしまうのか。
首輪の支配を実感して感じた火照りと疼きが、貞操帯で管理されていると知って強くなるのか。
もちろん、それもまた、那月が生粋の被虐性癖者だからである。
被虐性癖者の那月の精神と肉体が、生来の加虐性癖者フレデリカの支配と管理を感じて昂ぶっているのである。
そのことにもまた気づかないまま。
「ふう……」
ため息をつき、ペーパーで丁寧に拭って立ち上がると、那月はバスルーム兼トイレを後にした。
その日は結局外出はせず、買い置きの冷凍食品で食事を済ませ、ふだんより少し早く床に就いた。
肉体的にはそれほどでなくても、精神的な疲労が大きかったせいだろうか。首輪と貞操帯の違和感、さらに肉の火照りと疼きが消えていなかったにもかかわらず、那月はすぐ眠りに落ちた。
そして、朝。
那月は昨日と同じ悩みを、洗面台の鏡の前で抱いていた。
着ていく服がない。服は何着も持っているが、いかにも拘束具然とした首輪を隠せる服も、隠せなくても自然に見せられる服もない。
「どうしよう……」
首輪に触れながら、途方に暮れる。
フレデリカの首輪はただ、そこに鍵をかけられて存在しているだけではない。
その首輪は、那月の肉体を彼女の奴隷に貶め、見る者にその身分を知らしめる装具だ。
「私は肉体のみならず、精神までフレデリカにつなぎ留められ、支配されている……」
そしてそう考えるだけで、肉の疼きが蘇ってくる。ぐっすり眠って冷めていた、身体の芯の火照りも復活してくる。
頬を朱に染めた自分の顔を見ているうち、これを見た人に、性感の高まりまで悟られそうな気がしてきた。
それでますます外出できなくなり、結局その日は初めての自主休講を決め込み、那月は部屋着のままベッドに潜り込んだ。
「ぅ、ん……」
通信アプリの着信通知に、那月は目覚めた。
窓から差し込む夕陽。ベッドのなかで、平日昼間のつまらないワイドショーを見ているうち、眠ってしまっただろうか。
ともあれ、那月は昨日フレデリカとIDを交換していた。
もしかして、彼女からの連絡かもしれない。
そう考えて起き上がり、机の上に置いていた携帯電話を取ると、メッセージは大学の友人からのものだった。
室町美菜子《むろまち みなこ》。地方出身の数少ない同じオドリアド語学科の女子学生ということで、入学早々に仲よくなったクラスメートである。
とはいえ美菜子との共通点は、髪色と学科と地方出身ということだけ。
お互い染めたり脱色したりしていない黒髪は、那月はショート、美菜子はロング。ファッションは那月がスポーティなアイテムが多いのに対し、美菜子はお嬢さま然としたフェミニンなスタイルが多い。
いや、ファッションがお嬢さまっぽいだけじゃない。美菜子の実家は地方の名家で、彼女はホンモノのお嬢さまだ。
同じ大学の同じ学科じゃなければ、そして美菜子のほうから声をかけられなければ、おそらく友だちになれていなかっただろう。
そんな美菜子からのメッセージは、初めて自主休講した那月を、心配してのものだった。
『今日休んでましたね、大丈夫ですか?』
『うん、ちょっと風邪ぎみで』
美菜子らしい丁寧なメッセージに、嘘で答えることに少しばかり心を痛めながら返信すると、すぐ新しいメッセージが入った。
『そうでしたか。お熱は出ていませんか?』
『うん、へいき』
短く返信したあと、今度は10分ほどのちにメッセージ
『よかった。ご飯はきちんと食べていますか?』
実のところ、充分には食べていない。昨夜は買い置きの冷凍食品で済ませ、朝は同じく買い置きのパンを食べたが、昼食は摂っていない。お米はストックがあるのでご飯は炊けるが、夕食用のおかずはない。
『食事はありあわせで済ませてる』
それもお茶を濁して答えると、次は20分ほどで新しいメッセージが来た。
『明日は登校できそうですか?』
その言葉に、どう返信しようか少し悩む。
首輪をどう隠すか、まだ方法は見つかっていない。明日も学校に行く決心はできていない。
とはいえ、基本的に美菜子は善良な人だ。風邪で休んだと嘘の言いわけをしたうえに、明日も休むと告げたら本気で心配するだろう。明日は行くと言って実際は行かなければ、もっと心配するだろう。
そう考えながら悩んでいると、インターホンが来客を告げた。
個人経営の学生向けワンルームマンションには、モニターつきオートロック連動のインターホンなどという気の利いたものはない。
ベッドに携帯電話を放り出して立ち上がり、キッチン横の受話器を取ると。
「室町、です」
なんと、来客は美菜子だった。
「えっ……どうして?」
メッセージを交わしていた相手の突然の訪問に驚き、固まる。
「ありあわせのものじゃなく、きちんと栄養のあるものを食べたほうがいいと思って、お惣菜を買ってきました。それに、急いでお伝えしておきたいことがあって……」
その言葉に、美菜子が本気で心配してくれているんだと思い、嘘をついてしまった後悔を抱くと同時に、心の底から感謝した。
それで待たせては悪いという思いになり、慌ててドアを開ける。
そこで、首輪のことを思い出した。
(しまった……!)
後悔してもあとの祭り、美奈子に首輪を見られ――。
しかし、美菜子はそのことに気づいていないようすだった。
「ごめんなさい。お休みになっていたのですね」
善良なお嬢さまは、おそらく寝ぐせでボサボサの髪を見てそう言った。
「とりあえず、これ……」
そして、大学近くのお惣菜屋さんの名前が印刷された買い物袋をわたす。
「それと、オドリアド大使館から、メイドさんのアルバイト募集が出ておりましたの。那月さんが将来オドリアドに住みたいとおっしゃっておられたので、興味がおありかと思いまして」
「そ、そうなんだ……ありがとう。でも、すぐには応募できそうにないや。ほら、私オドリアド語はまだ充分に話せないし、明日も行けそうにないし……お給料もいいから、惜しいけど……」
苦笑いして答えると、美菜子は頭を下げて去っていった。
首輪のことがバレなくてよかったという安堵半分。結果的に嘘を押し通すことになったことへの後悔と、美菜子へのすまない気持ちが半分。
「ふう……」
小さく息を吐いてドアをロックし、惣菜の袋をキッチンに置いて、再びベッドの縁に腰を下ろす。
そこで、美菜子の言葉を思い出した。
『オドリアド大使館から、メイドさんのアルバイト募集が出ておりましたの。那月さんが将来オドリアドに住みたいとおっしゃっておられたので、興味がおありかと思いまして』
詳細は告げていないが、美菜子にオドリアドへの憧れを話した記憶はある。
それを憶えていて、彼女はアルバイト募集のことを教えてくれた。
つまり、ハウスメイド募集は、まだ出されている。
「あたりまえだよね、私はメイドではなく、フレデリカさまの奴隷になったんだもの……」
そうつぶやいて、またズクンときた。
フレデリカの奴隷という身分を思い出し、肉の火照りと疼きが強くなった。
そうなるのは、もう何度めかのこと。その理由はわからなくても、その現象そのものには慣れ、無意識のうちにそういうものだと受け入れ始めていた。
だが、今回は少し違う。
火照りが前回より熱い。疼きがこの前より強い。
それは、親しい友人に首輪を見られるという経験をしたからである。
善良なお嬢さまは気づいていないか、気づいていても気に留めていないようすだったが、その目に首輪姿を晒したことに違いはない。
身の破滅を招きかねなかった危うい経験が、生粋の被虐性癖者の那月の肉を、いっそう熱く火照らせ、強く疼かせているのだ。
その火照りが、疼きが、那月を苛む。
そして、貞操帯で股間を封印された那月には、その火照りと疼きを冷まし治める手段はない。
「ぅうう……」
くるおしくうめき、右手で左の肩を、左手で右の肩をギュッと抱く。
そこで意図せず、二の腕がノーブラの乳首を押した。
「あふぁ……」
ゾクリと妖しい感覚が乳房に広がり、甘い吐息を漏らしてしまった。
「こ、これは……」
知っている。これは、性の快感だ。
性体験はない那月だが、その程度の知識は持ち合わせている。興味本位で、自らの肉体を慰めてみたこともある。
だが、そのときはあまり高まれなかった。快感の予兆のようなムズムズした感覚はあったが、それだけだっだ
「で、でも……」
たった今、二の腕で乳首を押しただけで、そのときより大きい快感を覚えた。
『那月がとても敏感な体質だということがわかりました』
メジャーが女の子の場所に触れたとき、思わず身体を震わせた那月に、フレデリカはそう言った。
たぶん違う、と那月は思う。自分はもともと敏感だったのではなく、フレデリカに触れられたから敏感になったのだ。
『そしてそれは、愛玩用奴隷として、とても大切な資質です』
フレデリカが愛玩用奴隷にしてくれたから、その身分にふさわしい体質になれたのだ。
「だったら……」
奴隷になって得た体質を、わが身を慰めるために使ってもいいのではないか。
肉の火照りと疼きに苛まれ、追い詰められた那月は、そう考えて淫らな行為にふけり始める。
部屋着のロンTの上から、指で乳首を押してみる。
「んふぁ……」
痺れるような快感がジーンと駆け抜け、甘い吐息を漏らす。
さらなる快感を求めて、服の上から乳首をつまんでみる。
「はふぁ……」
快感が乳房全体に広がり、甘い吐息に艶が混じる。
そこで、歯止めが効かなくなった。
ロンTを剥ぎ取るように脱ぎ、放り投げてボトムスのハーフパンツにも手をかける。
すると、陸上部を引退してからひと回り大きくなった乳房の頂で、乳首がぷっくり膨れて屹立していた。
「なんて、いやらしい……」
自分のものとは思えないほど、強く存在を主張するそこを見て、口から素直な感想が漏れた。
「んっ、う……」
いやらしく膨れた乳首を人差し指の腹で撫で、くるおしい快感にうめいた。
「んぁあ……」
さらなる快感を求め、乳首を指でつまむ。
「んぅん……」
つまんだ乳首を、キュッと握りつぶす。
もう、止まらない。
片方の手で、握り潰した乳首をこね回す。
もう一方の手で、空いている乳房を揉みしだく。
乳房に広がった快感が、背すじを駆け上がり、脳を蕩かせる。
気持ちいい。
那月はもう、乳首と乳房に生まれる快感に酔わされている。
身体の芯の熱は、熱い蜜となって、とめどなく女の子の場所に溢れ続けている。
その蜜が、女の子の肉から、トプントプンとこぼれ続けている。
気持ちいい、気持ちいい。
でも、そこまでだった。
乳首と乳房の快感でトロトロに蕩けながらも、那月の拙い指技だけでは、そこから先には行けなかった。
登山に例えるなら、7合目ほどか。頂がかすかにかいま見えるところから、一歩も進めなくなった感じ。
「こ、ここに……」
触れることができたなら。
「こ、ここを……」
思うさまに刺激することができたなら。
そう考えて、片手で乳首を弄りながら、もう一方の手を股間に伸ばす。
しかしそこは、堅牢な貞操帯で厳重に封印されていた。
針で突いたような小さな排泄孔から染み出した蜜でヌルヌルになった金属板を撫でても、その奥の肉には触れられない。
前側から貞操帯本体と素肌のあいだに指を差し込んでも、おしゃもじ状に膨らんだ部分に妨げられ、肝心なところには届かない。
それではと股の細くなった部分からでは、自分の脚のつけ根が邪魔になる。
もちろん、肛門側から届くわけがない。
そして、施錠されたまま貞操帯を脱ぐことはおろか、ずらすことすらできないのは確認済み。
「あぁああぁ……」
どうしてもそこに触れることができず、半狂乱で貞操帯の横ベルトをつかんで揺すりたてる。
すると、硬い金属板とそこに切られた細い溝で、ヌルヌルになった女の子の肉が擦られた。
「あっ、ひぁあ……」
それで、わずかに官能が高まった。
留め置かれていた7合目から、8合目くらいまで昇れた気がした。
しかし、そこまでだった。
かすかにかいま見ていた頂が、はっきり見えるようになっただけで――いや、はっきり見えるようになったからこそ、より大きい快感を求める気持ちが強くなる。
だが、求めるものは得られない。
どれほど乳首を弄ろうとも、貞操帯を激しく揺すろうとも、そこから先へは進めない。
「ぁあぅああ……」
それでも、那月は乳首を弄り、貞操帯を揺すり続ける。
覚醒したオンナの本能で、その先に大いなる悦びがあることを感じ取りながら、その場所を目指して足掻き続ける。
「あぅあぁあぁ……」
しかし、無駄だった。
「ぁあぁああぁ……」
どれほど足掻こうとも、たどり着くことはできなかった。
「ぅあぁあぁぁ……」
足掻き続けても、わが身を快楽の業火で炙られるだけだった。
やがて精根尽きはて、汗と涙でぐしょぐしょになった顔を上げると、窓の外には夜の帳が下りていた。
それほど長い時間、報われない行いを続けていたのか。
「ぅうぅ……」
怠い身体を起こすと、シーツには大きな染み。
それほどの量の蜜を分泌しながら、望んだものは得られなかった。
首輪の支配と、貞操帯の管理。
那月は奴隷の身分を示す首輪に支配されながら、貞操帯で貞節と快楽を管理されている。
フレデリカの許しがなければ、奴隷の身分から脱することはできず、貞操と快楽の管理からも逃れられない。
(もう、私は……)
フレデリカの虜なのだ。
快楽を求めての足掻きは、そう思い知らされただけの結果に終わり、那月は怠い身体を引きずるようにバスルームへ向かった。
「そう、ですか……そういうことですか……」
那月の部屋のドアを閉め、美菜子は未だかつて誰にも見せたことのない、憤怒の表情で小さくつぶやいた。
美菜子は、正真正銘のお嬢さまである。
兄弟は兄が3人。最後に生まれたただひとりの女の子である美菜子を、両親はもちろん祖父母も溺愛した。実家では、欲しいと思ったものは、そうと口にする前に目の前に置かれるような暮らしだった。
なにもかも望めば手に入れられた彼女が、進学先にオドリアド語学科を選んだのも、日本では話せる人すら少ないオドリアド語通訳という資格を手に入れたかったからだ。
そんな美菜子が、唯一思いどおりにできなかったのが、恋愛である。
正真正銘のお嬢さまは、自分と同じ女性を好きになる性向を持っていた。
同時に、きわめて聡明な令嬢は、自らの性向が田舎では容易に受け入れられないものだと理解していた。
そのため高校までは秘し続け、多様な価値観が受け入れられやすい都会で、同性の恋人を手に入れようと考えた。
そして出逢ったのが、那月である。
ひと目惚れだった。
いっけん、自分とは正反対のタイプ。それでいて、話してみると内面には同じ資質を持っていると感じた。
(この子が、欲しい)
そう考えた美菜子は、那月に接近した。
まずは友人からと考え、彼女の前では善良なお嬢さまとして振る舞ってきた。
そして今日、那月が初めて講義を休んだ。
通信アプリで訊ねると、風邪をひいていると答えた。
人は弱っているとき親切にしてくれた相手には、容易に心を開く。
本気で心配するより先に、ふたりの関係を1歩進めるための好機だと考えた美菜子は、サプライズを演出して那月のマンションを訪れた。
インターホンを押すと、しばしのあと那月の声。
突然の訪問に驚き、慌てたようすでドアが開けられ――。
そこで、美菜子は那月の首に嵌められた首輪を見た。
アクセサリーのチョーカーなどではない、武骨な拘束具、奴隷の首輪。それが首が締まる寸前まで、きつく締め込まれている。
今度は美菜子が驚き、とまどい、それでもつとめて冷静を装って。
『ごめんなさい。お休みになっていたのですね』
髪に寝ぐせを見つけ、善良なお嬢さまの体裁を整えて告げた。
『とりあえず、これ……』
大学近くの惣菜屋で買ってきた買い物袋をわたした。
『オドリア大使館から、メイドさんのアルバイト募集が出ておりましたの。那月さんが将来オドリアドに住みたいとおっしゃっておられたので、興味がおありかと思いまして』
そして、動揺を隠そうと、早口でまくし立てたときである。
『そ、そうなんだ……ありがとう。でも、すぐには応募できそうにないや。ほら、私オドリアド語はまだ充分に話せないし、明日は行けそうにないし……お給料もいいから、惜しいけど……』
自分と同じように動揺して答えた那月の言葉を聞き、違和感を覚えた。
美菜子は、メイドのアルバイトを募集していると告げただけ。時給やオドリアド語で日常会話ができることという条件は話していない。
にもかかわらず、捺月はそれらについて知っていた。
さらに、答えたときの苦笑いのような表情。
中世以来の貴族制と奴隷制度が、いまだ残るオドリアドの――。
そこで、ピンときた。
那月は自分より先に募集の掲示を見つけ、ひと足早く応募していたのだ。
そして、オドリアには奴隷制度が残っている。ことの経緯はわからないが、那月はそこでメイドではなく誰かの奴隷になる約束をし、首輪を嵌められた。
そうと気づき、愕然とした。
欲しいと望んだ女の子を、自分以外の誰かに奪われたのだと知り、激しく動揺した。
それでもかろうじて令嬢の体裁を整えてドアを閉めたところで、自然と憤怒の表情になっていた。
「そう、ですか……そういうことですか……」
もう一度搾り出すようにつぶやき、爪が掌に食い込みほどきつく拳を握りながら、美菜子はその場を立ち去った。