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はじめに  ポニーガールは現在、最先端の職業、あるいはライフスタイルとして浸透しています。  とはいえ、今では信じられないことですが、かつてわが国で奴隷の所有が認められていた時代、ポニーガールは奴隷が従事する苦役でした。  この小説はそんな時代に、あるポニーガールのオーナーになった女性の証言を元に再編集したものです。  関係者の特定を避けるため、個人法人等の名称、また登場人物周りの設定を大幅に変更しておりますが、大筋は証言に準拠しております。  ぜひご一読いただき、今や時代の寵児とも言えるポニーガールにも、辛い時代があったことに思いを馳せていただければ幸いです。 月刊ポニーガール装備編集部一同  ◇ ◇ ◇  私、央矢宇海《おうや うみ》と鷺乃亜耶《さぎの あや》は、幼なじみの同級生でした。  いえ、ほんとうのところは、彼女のことを幼なじみと呼ぶことも、はばかれるような関係です。  たしかに、幼稚園から小学校にかけては、よく一緒に遊んでいました。  ですが、中学に上がってからは、疎遠になっていきました。バレーボール部に入った亜耶が活躍し、注目されるようになってからは、遠くから彼女を眩しく見ているだけになりました。  高校からは完全に別々です。彼女は県外のバレー強豪校に、私は地元の県立高校に、それぞれ進んで、付き合いはほとんどなくなりました。  まぁ実家は近かったですから、休暇で帰ってきたとき、顔を合わせたら挨拶する程度のことはありましたが。  それが、3年生の夏、亜耶は実家に帰って来ませんでした。とはいえ、彼女にとっては最後の夏。部活に全力を投入しているだろうと、私は考えていました。  ところが2学期が始まった頃、亜耶が夏の大会直前、部内でのトラブルが元で、バレーから身を引いたと人の噂で聞いたのです。  もちろん、心配はしました。  しかし、私も受験を控えた時期。勉強に集中せねばならず、彼女のことを考えている余裕はありませんでした。  その後も大学進学に就職、人生の転機を次々と迎え、私は亜耶のことを忘れていました。  そんな折、偶然通りがかった奴隷店の店頭に、彼女はいたのです。  奴隷商でもその従業員でもなく、販売中の奴隷、ポニーガールとして。  値段はたしか、640圓《えん》だったでしょうか。ええ、当時としては大金でした。そうですね、高級乗用車が新車で買えるくらいの金額です。  もちろん、私のような平凡な会社員が、右から左に動かせるお金ではありません。  だからその日は、見て見ぬふりで通り過ぎました。他人の空似であってほしいという願望もあったと思います。  ところが次の日も、そのまた次の日も、彼女は売れ残っていました。  おそらくそれは、亜耶の身長が高すぎたせいでしょう。ええ、元バレー選手ですからね。ポニーブーツを履かされていたことも相まって、並みの男性より10センチ以上高かったと思います。  当時のポニーガールは、ポニーボーイと違い、労働奴隷ではなく愛玩奴隷として売買されていました。愛玩目的なら、小柄なほうが扱いやすいですからね。  しばらくすると、亜耶は半額の320圓に値下げされていました。  あまつさえ、身長を目立たせないためか、地面に跪《ひざまず》かされていました。  目に涙を溜めていたのは、膝が痛かったのか。  いえたぶん、このまま売れないと自分がどうなるか、彼女にはわかっていたのでしょう。  当時、売れ残った奴隷は、種別を変えて転売されたのです。愛玩奴隷のポニーガールから、性奴隷、あるいは家畜奴隷に変更されて。  若い方は、愛玩奴隷も性奴隷も家畜奴隷も、同じ奴隷。似たようなものだろうと思われるかもしれませんが、実際は待遇が全然違います。  人にもよると思いますが、市民から労働奴隷や愛玩奴隷に落ちるより、愛玩奴隷から性奴隷や家畜奴隷に種別変更されるほうがつらいと感じる者が多いと聞いたことがあります。  ともあれ、亜耶の涙を見て、私は彼女を買うことを決めました。  320圓なら、なんとか捻出できそうでしたし。  目的ですか?  亜耶を助けたかったから――というのは、綺麗ごとかもしれません。  彼女がバレーをやめなければならなくなったとき、私は自分のことにかまけていました。  その後の一時期、実家に戻っていると聞いたときも、私は会いにいかなかったのです。  そして、彼女が音信不通になっても、なにもしませんでした。  そのことを、私はずっと悔いていました。  だから、亜耶を買うと決めたのには、罪ほろぼしのような側面があったのだと思います。要するに、彼女のためと言いわけしつつ、私は自分のために亜耶を買ったのです。  でも私の行為は、亜耶を傷つけるものでもありました。  かつての幼なじみに、奴隷として買われるというのが、彼女にとってどれほど残酷なことか。私は、そこまで考えられなかったのです。  手続きを終えて私の前に連れてこられたとき、亜耶は一瞬目を見開き、それから目を逸らしました。  自分を買ったのが私だと、かつての幼なじみ、央矢宇海だと気づいたです。  私は迂闊にもそのとき、言ってしまいました。 「亜耶、もう大丈夫だよ。1年間だけ我慢してくれたら、解放してあげるからね」  当時の奴隷制度では、所有登録をしてから1年を経過すれば、オーナーの権限で奴隷の身分から解放することが可能でした。私に亜耶を解放する意思があると伝えれば、喜んでくれると思ったのです。  でも、亜耶はうつむいたまま、首を横に振りました。  馬銜《はみ》を噛まされた口から、涎がダラダラとこぼれることも気にせずに。  あまつさえ、涙を浮かべた目で私を見て、喋れない口でなにか訴えてきたのです。  そこで、私は馬銜と一体のヘッドハーネスを外してあげました。  ですが、長期間ににわたって、馬銜を嵌められっぱなしだったせいでしょうか。亜耶はすぐには、まともな言葉を話せませんでした。  そして、しばらく休んで回復した口で、すがるように言ったのです。 「そんな残酷なことを言わないで……ずっと、ご主人さまのポニーガールでいさせてください」  正直、意外でした。 「どうして? 市民に戻れるんだよ?」  だから、思わず問い詰めてしまった私に、亜耶は悲しそうに答えました。 「わ、私はもう……まともな人間には戻れない身体なのです」  その言葉も、にわかには信じられませんでした。  たしかに亜耶は乳首ピアスを嵌められていましたが、ピアスを外せば、ホールは時間とともに閉じます。多少は痕跡は残るかもしれませんが、まともな人間に戻れないというほどではないはずです。  私がそう言うと、亜耶は弱々しく首を横に振って、少し考えてから口を開きました。 「私の身体を洗ってください」  言われてみると、たしかに亜耶の身体は汗や汁、埃で汚れていました。  そこで、ヘッドハーネス以外のポニーガール装備を外して、私はようやく知ったのです。  馬車を引くための金具が設えられた、ボディハーネスのコルセット部分で締めあげられていたお腹。  そこに、文字の刺青が彫られていたのです。 『性奴隷』  そうです。亜耶の身分は愛玩奴隷のポニーガールではなく、性奴隷だったのです。  彼女を売っていた奴隷店が悪徳業者で、不正に登録変更したうえで、身分を示す刺青を隠すためポニーガール用のハーネスを着け、新品ポニーガールと偽って売っていたのです。  ともあれ、亜耶が戻れないと言った理由は理解できました。  仮に身分は市民に戻れても、彼女は『元性奴隷』という立場からは逃れられないのです。  このとき、私が選べる選択肢は3つでした。  ひとつめは、奴隷店を告発すること。とはいえ、これは論外です。亜耶は元の性奴隷に戻されてしまいますから。  ふたつめは、登録に不正があったとはいえ、所有権はすでに私に移っているのだから、1年後に解放する。ですが、これにも先ほど言ったような問題が残ります。  最後は、このまま亜耶を愛玩奴隷のポニーガールとして飼い続ける。  実はこのとき、私はどの道を選ぶか決められませんでした。  ひとつめは絶対ありえないのですが、亜耶を解放するのか、飼い続けるのかを、即断するのは不可能でした。  そこで私は、解放が可能になるまでの1年間、亜耶をポニーガールとして飼うことにしました。  要は、問題の先送りです。とりあえずそれが表面上は亜耶の望みでしたし、1年のあいだに彼女の考えも変わるかもしれません。  えっ、いち会社員にポニーガールを飼えたのか、ですか?  まぁこう言うと自慢のように聞こえるかもしれませんが、当時の私には、同世代の平均より多い収入がありました。住居は賃貸でしたが、ポニーガールを飼う人が増え始めたことで、ポニー小屋が備えられた物件も増えていました。  そんなご時世でしたので、2割くらいの家賃アップで、ポニー小屋と馬車駐輪場つきマンションに引っ越すことができました。  まぁポニー小屋といっても、広さは3畳程度。排水口が設えられたコンクリート打ちっぱなしの床の、窓のない物置き部屋といった風情のものです。その意味では、ポニー部屋と呼ぶほうが正確かもしれません。  ともあれ、そこにホームセンターで買ってきたポニーガール用干し草を敷き詰めて亜耶に見せたとき、彼女は目を輝かせました。  馬銜を噛まされた口で、涎を垂れ流しながら、私に礼を言いました。もっとも、なにを言っているのか、よく聞き取れませんでしたが。  えっ、亜耶にポニーガール装備を着け直した理由ですか?  彼女が、それを望んだからです。それになにより、当時の法令で、奴隷には用途に応じた格好をさせないといけないと決められていました。  ポニーガールとして登録された亜耶にポニーガール装備を着けておかなければ、私は亜耶を差し押さえられ、彼女は競売にかけられてしまう恐れがありました。  ともあれ、物置き部屋に干し草を敷いただけのようなポニーガール部屋を見て喜ぶほど、亜耶はこれまで劣悪な環境にいたということなのです。  不正に登録変更されてポニーガールとして売られているあいだも、その前の性奴隷生活でも、亜耶がどれだけ虐げられていたか。  実のところ、私はその頃のことを、亜耶に訊ねていません。聞くと私がいたたまれなくなりそうだし、なにより彼女にとって、話すことすらつらいだろうと考えたからです。  ともあれ、その日から、私と亜耶のオーナーとポニーガールとしての暮らしが始まりました。 「おはよう、亜耶」  朝、ポニー部屋を訪れて、まず亜耶のヘッドハーネスに手綱をつないで別室に連れ出し、干し草の交換です。  ポニーガールの排泄は、干し草の上とが決まりごと。  元は性奴隷だったとはいえ、ポニーガールとして販売されるにあたり、専門調教師による訓練を受けていた亜耶は、排泄の作法も身につけていました。  干し草が敷き詰められた3畳ほどの部屋の、隅っこに排泄する。  そうすることで、排泄した場所の上に寝るという事態を防げるし、交換する干し草の量も最低限で済みます。場所をローテーションしていけば、数日で部屋の干し草はすべて入れ替わるわけです。  ちなみに使用済み干し草は、指定の場所に置いておけば、専門業者が回収してくれます。現在に続くポニーガール飼育の仕組みは、都市部では当時から普及していたのです。  ともあれ、干し草の交換を終えたところで食餌です。  当時はオーナーとポニーガールが食べるものや場所を分ける家が多かったのですが、私は亜耶と同じものを同じテーブルで食べます。  はじめ亜耶は遠慮しましたが、私が会社員であり、食餌にコストと時間をかけられないことを説明し、納得させました。  それから、在宅で仕事です。  今でもそうですが、この頃から職種によってはリモートワークが普及していましたからね。当時の私は、週4日が在宅勤務、出社は1日だけでした。  私が仕事をしているあいだ、亜耶は部屋で歩行練習の自主トレです。  ポニーガールの歩法に決まりごとがあるのは、当時も今も同じですからね。私としては休んでいてくれてもよかったのですが、調教期間の短かった亜耶は、歩法を完璧に身につけたかったようです。  私の仕事が一段落したら、散歩を兼ねて買い物です。  亜耶は私を乗せた馬車を引きたいようでしたが、ポニーガールの分類は愛玩奴隷。住宅のポニーガール対応は進んでいましたが、日常的に馬車を引かせるオーナーがまだ少なかったことも相まって、交通インフラは完全対応とはいえない状態でした。  それで彼女に馬車を引かせて乗るのは、休日のみと決めていました。  そんな事情で、平日は手綱を引いての歩行訓練をしながら、買い物に行きます。  もちろん、亜耶はポニーガールの歩法を守って。  背すじを伸ばし、視線は水平よりやや下。身体全体でほんの少し前傾を保ちつつ、太ももが地面と水平になるまで高く上げ、そのまままっすぐ下ろす。脚を上げているあいだ身体が前方に傾くぶんだけ、前に進む感じ。  馬の蹄を模したポニーブーツの足を下ろすたび、靴底に取りつけられた蹄鉄が、地面を叩いてカッと鳴ります。  カッ、カッ、カッ。  その音がリズミカルであるのが、よいポニーの証です。  カッ、カッ、カッ。  ポニーガール調教の期間は短いのに、リズミカルな音で歩けるのは、亜耶の身体能力が高いから。  カッ、カッ、カッ。  亜耶がたてる蹄鉄の音を聞いて振り返るのは、ポニーガールのなんたるかを知っている人なのでしょうか。  そんな亜耶の手綱を取る者として、誇らしい気持ちになると同時に、彼女に相応しいオーナーでありたいという思いも強くなります。  そうして亜耶の歩行訓練と私の散歩を兼ね、買い物を済ませて帰ると、お昼の食餌。  それから、私はまた仕事で、亜耶は休憩。まぁ、ときおり足踏みの歩行練習はしているようですが。  そして夕食と入浴。  ポニーガールは自分で自分の身体を洗うことを禁止されていますから、一緒にお風呂に入って私が洗います。  そのとき、なんと言えばいいのか――。  私、変な気持ちになるのです。  そして、亜耶はもともと性奴隷。私がそうなってしまったことを察知して、エッチなサービスをしてくれます。  それでひとしきり亜耶に悦びをもらったあと、私からのお返しです。  ときには、そのままバスルームで。あるときは、私の寝室で。たまには、亜耶のポニー部屋で。同性の恋人のように睦み合ってから、就寝です。  まぁ、こんな感じで続いたオーナーとポニーガールとしての暮らしは、1年を待たずに終わりを迎えました。  そうです。奴隷制度が廃止されたのです。  こうして亜耶は自動的に市民としての身分を取り戻したのですが、彼女は私のポニーガールでい続けることを望みました。  実のところ、現在のポニーガールを取り巻く恵まれた状況は、亜耶のような女性が礎となってできたものなのです。少なくとも、私はそう信じています。  えっ、亜耶の現在ですか?  もちろん、ポニーガールを続けていますよ。  亜耶は――まぁ私もですが――ポニーガールではなくポニーレディと呼びたい年齢になりましたが、今でも彼女が引く馬車の乗り心地は最高です。  乗ってみたいですか?  残念ながら、ご希望に沿うことはできかねます。  亜耶の馬車に私以外の方をお乗せしたくないですし、亜耶も私以外の方を乗せた馬車は引きません。  ええ、いい時代になったものです。  ポニーガールが、馬車に乗せる相手を選べるようになったですから。  それでは、私はこのへんで。ごきげんよう。 (了)

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