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あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。  この町を実質的に支配する干支洲《えとしま》家。  戦国時代から続く町の守護者とされるこの旧家では、正月1日に独特の――町外の者からすると異様な――門松が飾られる。  それは町民のなかから、その年の干支に合った性質を持つ娘が、厳重に縛りつけられた門松。  1年の平穏をもたらす干支洲家の門松娘に選ばれることは、本人はもちろん、家にとっても大変名誉なこととされている。  信じられないことだが、それゆえ門松に縛りつけられることを希望する娘は多い。なかには自分の娘が選ばれるよう画策する親もいると聞く。  とはいえ町の絶対的存在たる干支洲家による選考が、一般町民の画策で左右されるわけもなく、毎年選考は当家の意向のみによってなされる。  それが私、明日野亜沙《あすの あさ》が、門松娘について知っていることのすべてであった。  実のところ、私は門松娘を実際に見たことがない。  そもそも門松娘について知ったのも、冬が近づいてきてソワソワし始めた同級生たちの話から。  そう、私はもともと、この町の生まれではなかった。今年の夏、都会から引っ越してきたのだ。  だからこそ、門松娘の風習を奇異なものと感じることができた。それに異を唱えることまではしなくても、自分は絶対にやりたくないと思っていた。  もっとも、この町の生まれでない私が、門松娘に選ばれたりはしないだろうと心のどこかでタカをくくっていたのたが――。 「明日野さん、あなたは教室に残るように」  明日から冬休みという日、担任の教師が私に告げた。  ざわつく教室。 (なんだろう? 私、なにかやらかした?)  不安に捉われる私の手を、仲良しの子が取った。 「おめでとう」 「えっ……?」 「門松娘に選ばれたんだよ、亜沙ちゃんが」  クラスから門松娘が出る場合、今日この日に選ばれたことが本人に告げられると、私以外の全員が知っていたのだ。  すべての学校行事が終わったあと、その者が教師に呼び出されるのが、毎年の恒例なのだ。  それはこの町において干支洲家の影響力が、学校にも及んでいることの証。寅田家の門松娘の行事が、町全体にとっての一大事であることの現われ。 「おめでとう、選ばれてよかったね!」  満面の笑みで、仲良しの子が言う。  つまりその子にとって、いや町民全員にとって、それはほんとうの慶事なのだ。  内心で自分が選ばれたいと思っていながら、他人が選ばれたとき、心の底から祝えるほどの。  そのことをあらためて思い知らされ、断わることができない空気のなか、私は干支洲家差し回しの高級車に乗せられた。  それから大晦日までは、特になにごとも怒らなかった。  広大な敷地を誇る干支洲家の屋敷、そのもっとも奥まった場所にある離れに住まわされ、上げ膳据え膳の暮らし。  祭事に備え身を清めるためだろう、供される食事は肉や魚を省いた精進料理。とはいえ手間暇がかけられた味つけは絶品で、内容は充分に満足できるものだった。  そして就寝前に、聖水と称される甘ったるい水を飲まされる。  その水のせいだろうか。それとも現代的な娯楽から切り離された暮らしで、ある種の欲求不満に陥っていたせいか。  2日めの夜から、私は淫らな夢を見るようになった。  誰とはわからない女の人に、身体を弄《まさぐ》られ、性的に高められる夢。  なぜ相手が男の人ではないのか。もしかしたら私には、女の人とそういう関係になりたいという願望があったのか。その願望が、女の人との淫らな夢を見させているのか。 (いえ、違う……)  誰に教えられたわけでなく、3日めあたりから私はなんとなく、ほんとうに漠然と理解していた。  夢に出てくる女性は、この地を護る神さまのようななにかなのだ。  その存在に認められたから、そして世間から隔絶された暮らしでその存在に近づけたから、私は夢のなかで愛でられているのだ。  いやもしかしたら、それは夢のなかのできごとではないのかもしれない。現実に私は、夢うつつの状態で肉体を愛されているのかもしれない。  冷静に考えたらきわめて異常な事態なのに、それをごく自然に受け入れながら、いよいよその日がやってきた。  大晦日の深夜、干支洲家の若奥さまが離れに現われた。  そういえばここに来てから、私は女の人としか接していない。接するどころか、男の人の姿を見てもいない。 (それはおそらく……)  門松娘の祭事に関わる神さま、あるいは神さま的な存在が、女性でありながら同じ女性を愛でる指向をお持ちだから。  その神さまに愛でられるため選ばれた私に、男の人を近づけてはいけないから。  すでにそうと理解していた私は、自身かつて門松娘を務められたという若奥さまに誘《いざな》われ、離れから設えの間にたどり着いた。  そこで、据えられていた鏡に映る自分を見て、私は息を飲んだ。  私の口元には八重歯、いや犬歯が伸びた牙があったのだ。 「こ、これは……?」 「ええ、新年の干支は寅ですから」  呆然とする私に、若奥さまが穏やかに告げた。  毎年の門松娘は、その年の干支に合った性質を持つ娘が選ばれる。 「それは、けっして外見的要素のことではありません。内面、それも心の奥底に秘めた性質が見出され、門松娘に選ばれるのです。そして世俗と隔絶された環境で身を清めるうち、選ばれた娘は己の本質に覚醒し、外見にも干支の要素が現われるのです」  つまりそれで、私の犬歯は虎のもののような牙に変化したのだ。 「もちろんそれは、門松娘でいるあいだだけ。務めを終えれば、元に戻ります」  一聴すると、荒唐無稽な話。だがこのときの私は、その話もごく自然に受け入れていた。  門松娘になる運命と同じように。  そんな私の肩を抱くように、若奥さまが衣紋掛けの着物の前に誘《いざな》った。  それは、光沢ある高級そうな正絹の白い振袖。  花嫁衣装を彷彿とさせるその着物が、私に着つけられる。  襦袢の半襟が黄色なのは、干支の寅をイメージしているのだろう。濃い銀の帯が虎柄なのも、同じ意味合いに違いない。  幾本もの紐を締められ、結ばれ、それだけで身体を縛られているような錯覚に陥りながら、着物を着つけられる。  紐が、帯が、身体を締めるたび。着物という拘束具が私の肉体を縛《いまし》めるほどに。私は疑似的に縛りあげられていく。  そして、いよいよほんとうの緊縛の始まり。  若奥さまに取られた手が、背中に回される。帯の結びめの下で重ねられた手首に、縄がかけられる。  ふたつ折りにした縄を、ひと巻き、ふた巻き。  意外なほど緩く手首を縛り、そこでいったん結ばれて、残った縄を胸へ。  一転して正絹の豪奢な生地越しに、胸の上側に食い込ませるようにきつく。  肉が薄く、布に覆われていない部分は締まりすぎないよう緩めに。肉付きがよく、かつ厚い布に覆われた部位は厳しく。縄掛けの基本に忠実に――もちろん、そのときの私がそんなことを知るよしもなかったが――若奥さまが私を縛りあげていく。  新しい縄を背中の結びめに絡めて足し、最初の胸縄の10センチほど下で二の腕。背中の縄に絡められて左右別々に縛られると、上半身が固められたように動かせなくなった。 「口を開けてください」  そこで襦袢と同じ布を手にし、若奥さまが告げた。 (猿ぐつわを……)  嵌められるのだ。  そうと理解しつつも、私はおとなしく口を開いた。  上半身のみならず、口の自由も奪われるのに。言葉を奪われるのに。  門松娘の運命と緊縛同様、私は猿ぐつわも受け入れる。 「さあ、いよいよ門松娘になる時間です」  私の唇を割り裂き、頬に食い込むほどきつく猿ぐつわを噛ませてから、奥さまが縄尻を取った。  緊縛猿ぐつわの身を引き立てられ設えの間を出ると、そこは屋外。 「はふ、はふ、はふ……」  熱い、熱い。身体が熱い。  大晦日の深夜なのに寒さを感じないほどの熱を帯びているのは、高級な着物のおかげか、それとも――。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  息が乱れる。肉が熱を帯びる。  呼吸が苦しく肉体が火照るのは、縄で胸をきつく締めあげられているせいか、それとも――。 (今も私は神さまに愛でられ、肉を昂ぶらされているから)  オンナを愛する女の神さまの存在を感じながら、心のなかでその答えを導きだしたところで、用意されていた門松の前に引きすえられた。 「この上に座ってください」  松葉を模しているだろうか、縄尻を取られて誘《いざな》われるまま、3本立てられた竹を背負うように、鮮やかな緑のクッションに正座させられた。  それから、縄尻を竹に結びつけられる。  新たな縄を胸の上で交差させられながら、緊縛の身を背にした竹に縛りつけられる。  帯の下あたりを竹ごと縛られたうえで、けっして立ち上がれないよう、正座の脚も縛られる。  それで身体を縫いつけられ、門松と一体化させられた私の周りに、『使』と大書された覆面姿の男たちが群がった。  もちろん、動けない私をどうこうしようというわけではない。  自身女性でありながら同じ女性を愛でる指向を持つ神さまに気に入られた私への狼藉を、干支洲家が許すわけがない。  彼らは覆面に書かれた文字のとおり、干支洲家に使役される者。性別とは関係なく、膂力によって選抜された、門松の運搬係なのだ。  とはいえ身も心も門松娘となり、今年の干支である寅の性質を得た私は、敏感に牡の匂いを感じとる。  感じとり、自身に近づく牡を嫌悪する。  まるで、私を愛でる女の神さまに代わってそうするように、運搬係どもを睨み、虎のような牙で猿ぐつわをギリギリと噛みしめる。  そうしているうちに、使役される者たちが、私の門松を干支洲屋敷正門前に据えた。  若奥さまの指示で位置と向きを微調整し、それからいずこともなく引き上げていった。 「門松娘さま、正月のお務め、よろしくお願いします」  そして深々と頭を下げた若奥さまも立ち去ると、私は放置された。  私とだけ交わる神さまに護られ、愛でられる恍惚感のなか、来年――いやもう今年の干支、寅の門松娘として。

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